【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。
113: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:18:28.43 ID:VnWGrOgI0
監視員が男になったことによって、
俺はかなりリラックスできるようになった。
男はそんな俺の様子を見て、言う。
「女の子が傍にいると落ち着かねえだろ?
なんかキリっとしたくなるよな。分かるぜ」
「そうだな。あんたの傍は落ち着くよ。
あんたになら、どう思われようと構わないから」
俺は『ピーナッツ』を読みながらそう答えた。
ミヤギの前では恥ずかしくて読む気になれなかった本。
そう、実を言うと、俺はスヌーピーが大好きなんだ。
「そうだろうな。……ああそうだ、ところでお前、
結局、寿命を売った金は何に使ったんだ?」
そう言うと、男は一人でくっくっと笑った。
114: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:21:32.39 ID:VnWGrOgI0
「一枚ずつ配って歩いた」と俺は答えた。
「一枚ずつ?」と男はいぶかしげに言った。
「ああ。一万円を三十枚、三十人に一枚ずつ。
本当は人にあげるつもりだったが、考えが変わった」
すると男はタガが外れたように笑い出したんだ。
それから、俺にこんな質問をしてきたんだよ。
「なあ、お前――まさか、本当に自分の寿命が
三十万だって言われて信じちゃったのか?」
115: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:25:56.79 ID:VnWGrOgI0
「どういうことだ?」と俺は男に聞いた。
「どういうも何も、言葉そのままの意味だ。
本当に自分の寿命、三十万だと思ったのか?」
「そりゃ……最初は、安すぎると思ったが」
男は床を叩いて笑う。俺は不愉快になってきた。
「そうかそうか。俺からはちょっと何も言えないが、
まあ、今度あの子に会ったら、直接聞いてみな。
『俺の寿命、本当に三十万だったのか?』ってな」
118: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:28:34.12 ID:VnWGrOgI0
次の朝、アパートにやってきたミヤギに、
俺は男に言われた通りのことを訊ねてみた。
「もちろんですよ」と彼女は答えた。
「残念ですが、あなたの価値、そんなものなんですよ」
「ふうん」と俺が小馬鹿にしたような態度で言うと、
ミヤギは俺が何かに気付いていることを察したらしく、
「代理の人に、何か言われたんですか?」と俺に聞いた。
「俺はただ、もう一回確認してみろって言われただけさ」
「……そんなこと言っても、三十万は三十万ですよ」
あくまでしらを切り通すつもりらしいんだな。
130: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:37:09.37 ID:VnWGrOgI0
「最初は、あんたがネコババしてると思ったんだ」
ミヤギは、ちょっとだけ目を見開いてこちらを見た。
「俺の本来の値段は三千万とか三億なのに、
あんたがこっそり横領したんだと思ってた。
……でも、どうしても信じられなかったんだよな。
何か俺は根本的な勘違いをしてるんじゃないか、と思った。
それで一晩考え続けて、ふと気づいたんだ。
――そもそも俺は、前提から間違ってたんだな。
どうして寿命一年につき一万円という値段が、
最低買取価格だなんて信じてたんだろう?
どうして人の一生が本来数千万や数億で売れて
当たり前だなんて信じてたんだろう?
多分よけいな前知識がありすぎたんだな。
自分の勝手な常識に物事を当てはめ過ぎた。
俺はもっと、柔軟に考えるべきだったんだ」
俺は一呼吸おいて、それから言った。
「なあ、どうして見ず知らずの俺に、
あんたが三十万も出す気になったんだ?」
141: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:41:52.62 ID:VnWGrOgI0
ミヤギは俺の言葉の意味を分かっているみたいだったが、
「何を言ってるのかさっぱりわかりませんね」と言って、
いつものように部屋のすみに腰を下ろした。
俺はミヤギが座っている位置の
対角線上にある部屋のすみに移動して、
彼女と同じように三角座りをした。
ミヤギはそれを見て、ちょっとだけ微笑んだ。
「あんたがしらんぷりするなら、それでもいい。
でも一応言わせてもらうよ。ありがとう」
俺がそう言うと、ミヤギは首をふった。
「いいんですよ。こんな仕事ずっと続けてたら、
どうせ借金を返し終わる前に死んじゃうんです。
仮に払い終えて自由の身になったとしても、
楽しい人生が約束されてるわけでもないし。
だったらまだ、そういうことに使った方がいいんです」
146: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:44:51.06 ID:VnWGrOgI0
「実際のとこ、俺の価値っていくらだったんだ?」
ミヤギは「……三十円です」と小声で言った。
「電話三分程度の価値か」と俺は笑った。
「悪かったな、あんたの三十万、あんな形で使っちまって」
「そうですよ。もっと自分のために使って欲しかったです」
怒ったような言い方をしつつも、ミヤギの声は優しげだった。
「……でも、気持ちはすごくよくわかるんですよ。
私があなたに三十万円与えたのも、似たような理由からですから。
さみしくて、かなしくて、むなしくて、自棄になったんですよ。
それで、極端な利他行為に走ったりしたんです」
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