【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。
102: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:44:32.07 ID:VnWGrOgI0
「どうしました?」
「……いや、実にくだらない事なんだけどさ。
好きなもの、一つだけあったことを思いだした」
「言ってみてください」
「俺、自動販売機が大好きなんだよ」
「はあ。……どこら辺が好きなんですか?」
「なんだろな。具体的には自分でも分からないんだが、
子供の頃、俺は自動販売機になりたかったんだ」
きょとんとした顔でミヤギは俺の顔を見つめる。
103: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:51:29.82 ID:VnWGrOgI0
「あの、確認ですけど、自動販売機って、
コーヒーとかコーラとか売ってるあれですよね?」
「ああ。それ以外も。焼きおにぎり、たこ焼き、
アイスクリーム、ハンバーガー、アメリカンドッグ、
フライドポテト、コンビーフサンド、カップヌードル……
自販機は実に様々なものを提供してくれる。
日本は自販機大国なんだよ。発祥も日本なんだ」
「んーと……個性的な趣味ですね」
なんとかミヤギはフォローを入れてくれる。
実際、くだらない趣味だ。見方によっては、
鉄道マニアを更に地味にしたような趣味。
くだらねー人生の象徴だよなあ、と自分で思う。
105: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:54:05.52 ID:VnWGrOgI0
「でも、なんとなく分かる気はします」
「自販機になりたい気持ちが?」
「いえ、さすがにそこまでは理解不能ですけど。
自販機って、いつでもそこにいてくれますから。
金さえ払えば、いつでも温かいものくれますし。
割り切った関係とか、不変性とか、永遠性とか、
なんかそういうものを感じさせてくれますよね」
俺はちょっと感動さえしてしまった。
「すげえな。俺の言いたいことを端的に表してるよ」
「どうも」と彼女は嬉しくもなさそうに言った。
106: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:56:48.97 ID:VnWGrOgI0
そういうわけで、俺の自販機巡りの日々が始まった。
原付に乗って、田舎道をとことこ走る。
自販機を見かけるたびに何か買って、
ついでに安物の銀塩カメラで撮影する。
別に現像する気はないんだけど、何となくな。
そんな無益な行為を数日間繰り返した。
こんなくだらない趣味一つをとっても、
俺よりもっと本格的にやっている人が沢山いて、
その人たちには敵わないってことも知っている。
でも俺は一向に構わなかった。なんか生きてる感じがした。
俺のカブ110は幸いタンデム仕様だったので、
ミヤギを後ろに乗せて、色んなところをまわれた。
ようやくやりたいことが見つかって、天気にも恵まれて、
俺の生活は一気にのどかなものに変わった。
110: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:07:57.50 ID:VnWGrOgI0
原っぱに腰を下ろして、俺は煙草を吸っていた。
隣では、ミヤギがスケッチブックに絵を描いていた。
「仕事しなくていいのか?」と声をかけると、
ミヤギは手を止めて俺の方を向いて、
「今のあなた、悪いことしなさそうですから」と言った。
「そうかねえ」と言うと、俺はミヤギのそばに行き、
彼女が線で画用紙を埋めていく様を眺めた。
なるほど、絵ってそうやって描くのか、と俺は感心していた。
「でも、そんなに上手くないな」と俺がからかうと、
「だから練習するんです」とミヤギは得意気に言った。
「今まで書いた奴、見せてくれ」と頼むと、
彼女はスケッチブックを閉じて鞄に入れ、
「さあ、そろそろ次に行きましょう」と俺を急かした。
111: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:11:56.75 ID:VnWGrOgI0
ある日、俺が目を覚まして部屋のすみを見ると、
そこにいつもの子の姿はなくて、代わりに、
見知らぬ男がかったるそうに座っていた。
「……いつもの子は?」と俺はたずねた。
「休日だよ」と男は答えた。「今日は、俺が代理だ」
そうか、監視員にも休日とかあるんだな。
「へえ」と俺は言い、あらためて男の姿を眺めた。
露天商とかにいそうな感じの、うさんくさい男だった。
すげえ遠慮のない感じで存在感を撒き散らしてたな。
112: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:16:17.23 ID:VnWGrOgI0
「お前の寿命、最安値だったらしいな?」
男は露骨に俺をからかうような調子で言う。
「すげえすげえ。そんなやついるんだな」
「すげえだろ? なり方を教えてやろうか?」
俺が淡々と返すと、男はちょっと驚いたような顔をした。
「……へえ、お前、結構余裕あるみたいだな?」
「いや、しっかり今ので傷ついてる。強がりさ」
男は俺の発言が気に入ったらしく、
「お前みたいな奴、嫌いじゃないよ」と笑った。
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