【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。
150: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:47:25.60 ID:VnWGrOgI0
「でも、落ち込むことなんてありませんよ。少なくとも私にとって、
今のあなたは三千万とか三億の価値がある人間なんです」
「変な慰めはよしてくれよ」と俺は苦笑いした。
「本当ですよ」とミヤギは真顔で言う。
「あんまり優しくされると、逆に惨めになるんだ。
あんたが優しいことは十分に知ってる。だから、もういい」
「うるさいですね、だまって慰められてくださいよ」
「……そんな風に言われたのは初めてだな」
「というか、これは慰めでも優しさでもないんです。
私が言いたいことを勝手に言ってるだけですよ」
157: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:55:50.93 ID:VnWGrOgI0
「……あなたにとっては、何でもないことでしょうけどね」
そう言うと、ミヤギはちょっと恥ずかしそうにうつむく。
「私、あなたが話しかけてくれることが、嬉しかったんですよ。
人前でも構わずに話しかけてくれることが、すごく嬉しかったんです。
私、ずっと透明人間だったから。無視されるのが、仕事だったから。
普通の店でお話しながら食事したり、一緒にショッピングしたり、
そんな些細なことが、私にとっては夢みたいでした。
場所も状況も選ばず、どんな時も一貫して私のことを
”いる”ものとして扱ってくれた人、あなたが初めてだったんですよ」
「あんなことでよけりゃ、いつでもやってやるよ」
そう俺が茶化すと、ミヤギはいじらしい笑顔を浮かべた。
「そうでしょうね。だから、好きなんです。あなたのこと」
いなくなる人のこと、好きになっても、仕方ないんですけどね。
そう言って、彼女はさみしそうに笑った。
158: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 21:59:59.60 ID:VnWGrOgI0
俺はしばらく口がきけなかったな。
ほとんど処理落ちしたみたいになっちまって。
気を抜いたらぼろぼろ泣いちまいそうだったな。
おいおい、このタイミングでそれは卑怯だろ、って。
この時、無意味で短い俺の余生に、ようやくひとつの目標ができる。
ミヤギの一言は、俺の中にすさまじい変革をもたらしたんだ。
俺は、どうにかして、ミヤギの借金を全部返してやりたいと思った。
一生が百円に満たないこの俺が、だ。
身の程知らずにもほどがあるよな。
235: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:11:39.81 ID:3etpqdGe0
生活は一気に変わった。
俺は自分に言い聞かせた。考えろ、考えろ、考えろ。
どうすれば残り数ヶ月で彼女の借金を返せる?
どうすれば彼女が安全に暮らしていけるようになる?
こういうときに宝くじを買ったり賭け事をしても
うまくいかないってことは分かっていた。
いつだって、賭け事は金があまってるやつが勝つし、
宝くじは変化を望んでないやつが当たるんだよ。
俺はかつてのミヤギのアドバイスに従い、
ひたすら街を歩きながら考えたんだ。
次の日も、その次の日も、その次の日も。
どこかに、自分にぴったりな答えが転がってると期待して。
その間、口にはほとんど物を入れなかったな。
空腹がある一定のラインを越えると、
頭が冴え渡ることが分かったからだ。
237: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:15:55.35 ID:3etpqdGe0
ミヤギはそんな俺のことを心配してか、
「ねえ、自販機めぐりに戻りましょうよ」と何度も言った。
「私も自販機見るの好きになっちゃったんです。
あなたの背中にしがみついてるのも、好きだし」
それでも俺は歩き続け、考え続けた。
視野はどんどん狭まって、思考も偏っていって、
とてもアイディアなんか思いつく状態じゃなかったな。
気が付くと、以前よく訪れていた古書店の前にいた。
俺は店長の爺さんの顔が恋しくなって、中に入った。
爺さんはいつも通り、野球中継を聞きながら本を読んでいた。
俺はこの数十日で起きた一連の出来事を彼に話したかったが、
そんなことしたら爺さんが罪悪感を覚えるかもしれないから、
結局あの店には行かなかったふりをすることにした。
238: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:19:18.32 ID:3etpqdGe0
何気ない会話を、二十分くらい交わした。
会話は全然噛み合ってなかったんだが、
それでも俺は独特の安らぎを覚えたな。
去り際、俺はさりげなく爺さんに訊ねた。
「自分の価値を高めるには、どうすればいいと思います?」
爺さんはラジオのボリュームを落とした。
「そうさな。堅実にやる、しかねえんじゃないか。
それは俺には出来なかったことなんだけどな。
なんつうかな、結局、目の前にある『やれること』を、
一つ一つ堅実にこなしていくこと以上にうまいやり方はねえんだ。
――だが、それよりももっと大切なことがある。
それは『俺みたいな人間のアドバイスを信用しない』ってことだ。
成功したことがないくせに成功について語っちまうようなやつは、
自分の負けを認めたがらないクズばっかりだからな」
239: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:22:28.59 ID:3etpqdGe0
古書店を出た俺は、その流れで、
いつも通っていたCDショップに足を運んだ。
店員の兄ちゃんには、爺さんについたのと同じ嘘をついた。
しばらく最近聴いたCDの話をした後、俺はこう聞いた。
「限られた期間で何かを成し遂げるには、どうすればいいんでしょうね?」
「人を頼るしか、ないんじゃないっすかね」と彼は言った。
「だって、自分一人の力じゃ、どうにもならないんでしょう?
と来たら、他人の力を借りるしかないじゃないですか。
俺、個人の力ってのをそこまで信用してないんすよ」
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