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【ウマ娘怪文書】3月。トレーナーにとっては春のG1戦線が本格化する大切な時期であると同時に、卒業する生徒や独立して新入生を迎えようとする新人トレーナーとの別れの時期でもある


8: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:39:10 0

白と黒のシックなドレスは、静かな雰囲気の彼女によく似合う。だが、それにスカートの裏の花柄が与える華やぎは、晴れの舞台に相応しいものだろう。
彼女が描き上げた勝負服は、可憐で清楚な彼女の佇まいをそのまま形にしたような可愛らしくも美しいデザインだった。
「すごいな、本当に綺麗だ。そのまま本当の勝負服にしてもいいんじゃないか?」
「ふふ…ありがとうございます。トレーナーさんのアドバイスのおかげですね」
褒めてもらえるのはありがたいが、それは違う。確かに自分はほんの少しアイデアを出したが、それも彼女の魅力あってのものだ。
「俺はただ、ブーケの気持ちの通りにすればいいって言っただけだよ。
だから、何も返せないだなんて思わないでくれよ。ブーケの好きなものは、こんなに綺麗なんだから」
だから少しだけ、彼女にも彼女自身のことを大切にしてほしい。彼女が誰かを幸せにしたいと願うように、彼女にも幸せになってほしい。
いつからか、そう願うようになっていた。




9: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:39:27 0

それから暫く経ったある日、夜遅くまで仕事をしていたときのこと。
トレーナー室の自分の机に、手のひらに乗るような小さな袋が置かれていた。
「あ…」
中にはいくつかのお菓子が入っていた。動物の形をあしらったクッキーや小さなリボンで留められたマカロンなど、入れていた袋共々自分には全く縁のないような、目にも楽しいかわいらしい品々たちだった。だが、それと同じくらいに目を引いたのは、その袋の傍らに一輪の花が置かれていたことだった。
ガラスの花瓶は香辛料か何かの空き瓶を再利用したものだろうが、奇を衒わないその形は机の上という日常の風景によく馴染む。そして、そこに活けられた花の美しさもまた絶妙に引き立てられていた。
留まった蝶がそのまま花になってしまったような淡い桃色の花弁は、ドレスの裾のように美しく波打っている。思わず指先でそっと触れてみると、恥じらうようにそっと屈んだ花からほんのりと甘い香りが漂ってきた。
園芸に全く縁のなかった自分は、それが何という花なのかも知らなかった。だが、そんなことを知らなくても、その花が美しいことを理解するのには十分だった。




10: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:39:41 0

クッキーをひとくち齧ると、決して甘すぎない優しい味が、疲れた身体と頭にひどく沁みた。正直なところ残りの仕事は明日に回して帰ってしまおうかとも思っていたのだが、今は身体にも心にももうひと頑張りする力が戻っている気がする。
「終わらせて帰るか」
それにしても、いったい誰が置いてくれたのだろう。どの贈り物にも、贈り主の名は一切記されていなかった。





11: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:39:55 0

それからというもの、おおよそ一ヶ月に一度くらいの頻度で、自分の机にお菓子と花が人知れず置かれるようになった。夜遅く、あるいは朝早く、ふとトレーナー室に戻ってみると、いつの間にか机の上に贈り物があるのだ。
だが、依然として贈り主が誰なのかは分からなかった。面倒を見ている子の誰かだろうと思って全員に聞いてみたのだが、誰も心当たりはないと言う。
サンタクロースの正体を探ろうとして煙に巻かれる幼子のような気分だった。一目会ってお礼を言いたいという気持ちも虚しく、贈り物だけが積み上がっていった。
花を枯らしたくなくて、長持ちさせる方法を随分調べた。垢抜けない大の男が花鋏を買って、不器用な手つきで水切りをしている様はさぞかし滑稽だったろう。
それでも一月ごとに替わる色とりどりの花たちを綺麗なまま写真に収めると、季節の移ろいを閉じ込めているようで、自然と心が華やいだ。




12: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:40:19 0

ある日、ちょっとした用事で半日ほど席を外すことになった。幸い手続きが思っていたよりスムーズに進み、予定していた時間よりも一時間ほど早く学園に戻ることができた。
トレーナー室に帰り着いてドアを開くときは実に晴れ晴れとした気分で、その中で何が起きているかなど考えもしていなかったのだ。
「トレーナーさん…!なんで…」
薄桃色の小袋と、鮮やかな黄色の花を今まさに机の上に置こうとしていた彼女──カレンブーケドールがそこにいようとは、無論夢にも思わなかった。

「…君がずっと、持ってきてくれてたのか?なら、どうして…」
初めに贈り物をもらったとき、彼女にも心当たりがないか訊いた。というより、彼女が贈ってくれたのだろうと思っていた。
だが、彼女は黙って首を横に振るだけだった。そのあとは誰の仕業なのか見当もつかないまま、時間だけが過ぎていった。
「恥ずかしくて、言い出せなくて…でも、いつもトレーナーさんにはよくしていただいていますから。
…お礼をするのは、やめたくなかったんです。ごめんなさい」




13: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:40:30 0

彼女はひどく申し訳なさそうに俯いている。
そんな顔をさせたくなくて、面倒を見ていたはずなのだが。
「…謝らないでくれよ。俺こそ、ずっと気づかなくてごめん。
うれしかったよ。花もぜんぶ、家に持って帰って飾ってた」
落ち着かない心を抑えて、ずっと言いたかったことを漸く口にした。だが、彼女の表情は晴れることはなく、むしろ今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「…私も、本当にうれしかったんです。あのとき声をかけてくれたことも、お花を大事にしてくれていたのも。
…だから…お別れも、言わないといけないのに、言い出せなくて…!」
何か言って慰めなくてはならないのに、言葉に詰まった。彼女の言っていることは、自分も無意識に後回しにしていたことだったからだ。だが、もうそれも無理だろう。今日の手続きもそのためのものだ。
先輩から、そろそろトレーナーとして独立してもいい頃だという話は少し前から来ていた。そうなれば、今の集団練習からは外れることになる。
彼女との関係も、そこで終わるのだ。




14: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:41:05 0

ずっと前から望んでいたことなのに、言い出す勇気が持てなかった。断られでもしたら、と思うと、怖くて言い出せなかったのだ。
でも、そのせいで彼女を悲しませてしまった。
「…今日、手続きをしてきたよ。来月から正式に担当を持てることになった」
「…!」
今だってそうだ。彼女はこんなにも自分のことを想ってくれていたのに。
彼女も同じ気持ちで、どこかで自然と言い出せる流れにならないかな、などと、なんとなく先送りにしていた。大人の自分が言わなければ駄目だったのに。
だって──
「…だから、俺の担当になってくれないか」
「…えっ」
彼女と一緒に夢を見たいと思ったのは、他でもない自分なのだから。
「…私で、いいんですか?」
「うん。君がいい」
「…ごめんなさい。私がこんな顔してるから、気を遣っていただいているんですよね。でも、初めての担当なんですから、ちゃんと優秀な子を…」
「そんなことない。マイルでも、中距離でも長距離でも、どんな距離でもあんなに走れる子はそういないよ。
ちゃんと、トレーナーとして言ってる。嘘なんかじゃない」




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