トップページに戻る

【ウマ娘怪文書】3月。トレーナーにとっては春のG1戦線が本格化する大切な時期であると同時に、卒業する生徒や独立して新入生を迎えようとする新人トレーナーとの別れの時期でもある


1: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:36:29 0

3月。トレーナーにとっては春のG1戦線が本格化する大切な時期であると同時に、卒業する生徒や独立して新入生を迎えようとする新人トレーナーとの別れの時期でもある。
ついこの間まで見習いだったトレーナーが一人前になっていくというのは誰にとっても嬉しいものだ。そういうわけで祝いのために飲み会が開かれるというのもまた、この時期のお決まりの光景だった。流石に生徒を呼ぶわけにはいかないが。
そういう集まりでは大抵、既に担当のいるトレーナーはどうやって今の担当と出会ったのかという思い出話をさせられるものだ。その中でも自分が今の担当と出会った経緯は何故かやけに人気で、毎度毎度話せとせっつかれる。おかげですっかり語り慣れてしまった。
「話してやれよ。みんなお前とあの子の馴れ初めが好きなんだって」
酔った同僚の茶化す声は聞かなかったことにしたが。




2: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:36:44 0

その子の印象は、端的に言えば「優しすぎるほどに優しい」というものだった。自分も疲れているだろうに、練習が終われば他の子のために真っ先にタオルを取ってくるし、トレーニングルームの掃除やグラウンドの片付けをするときは、いつも最後まで残って使ったものを綺麗に整える。当時、新人として新入生の集団基礎練習を担当していた自分の目には、同年代のウマ娘が沢山いる環境だからか彼女の行動はいっそう印象に残った。
童話の中から出てきたような佇まいにはこの年頃の子供ならあってよいはずの俗な面がまるで感じられなくて、感心する以上に少し心配になった。それも手伝って、何かあると最後まで残ってくれる彼女とは、必然的に話す機会も多くなっていった。
「ごめんな、いつも手伝ってもらって。大変じゃないか?」
「ありがとうございます。でも、お掃除はけっこう好きなんです。掃除をしてると、心の中も整理できるような気がして。
それに、お礼ならトレーナーさんにたくさん言っていただいていますから」
励ますつもりがこんなふうに、逆に元気をもらうこともしばしばだったけれど。






3: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:37:13 0

ある日、トレーナー室の片隅で彼女は難しい顔をしていた。
いつも静かに微笑んでいる彼女がこんな表情を見せるのはひどく珍しく、また心配にもなって、思わず声をかけた。
「何かあったか?」
「あ、トレーナーさん…」
こういうとき、出会ったばかりの頃は遠慮がちになんでもないんです、と返すのが常であった彼女だったが、今日はほんの少しだけ逡巡した後にゆっくりと口を開いてくれた。
「授業で宿題が出て、ちょっと…悩んでいるんです」
試験勉強が過去の思い出になって久しいけれど、中学生の勉強ならなんとかなるかな、などと思いながら彼女の差し出してきた課題を見たが、その予想は大きく裏切られた。
そこに書かれていたのは英語でも数式でもなく、簡略化された服の型だったのだ。





4: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:37:45 0

「…どういう課題なんだ?これって」
「家庭科の授業で出た宿題なんです。自分の勝負服をデザインしてみよう、って…」
一般的な中学・高校相当の授業こそあるが、やはりそこはトレセン学園といったところだろうか。無論プロのデザイナーが作る本物には遠く及ばないだろうが、勝負服はレースを走るウマ娘の憧れだ。それを題材にすれば、平凡な裁縫の課題であっても熱の入り方が違うのは想像に難くなかった。




5: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:38:06 0

「いいじゃないか、トレセンらしくて」
「はい。みんな、楽しそうに描いていました。
でも…どうしても思いつかないんです。私に合う勝負服はどんなものなんだろうって」
そう口にする彼女の表情は、思いつかなくて困っているというよりも、思いつかないことが申し訳ないと言いたげな、どこか悲しそうな表情だった。
「気楽に、どういう服を着てみたいか考えればいいと先生はおっしゃっていたのですけれど、着てみたい服というのが全く思い当たらないんです。
それに、もし私がG1レースに出られたとしても、どんな格好をすれば皆さんに喜んでいただけるのかもわからないんです。応援してくださるのなら精一杯応えたいけれど、お返しできるものなんて思いつかなくて…」
きっと他の生徒たちは、夢の舞台に立った自分を無邪気に想像して、胸を躍らせながらなりたい自分を思い思いに描くのだろう。けれど彼女は、そんなときでも自分の夢よりも誰かのことを考えてしまうのだ。
そんな彼女の憂いを帯びた表情が、ひどく健気で、どこか痛ましく映った。




6: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:38:31 0

彼女は決して向こう見ずだったり、軽はずみな行動をとるわけではない。
だからこそ、放っておけないのだ。彼女が誰かを気遣ってしまう分まで、彼女の代わりに彼女のことを大切にしてあげたいと、どうしようもなく思ってしまう。
「ブーケが好きなものを入れたらいいんだよ。それだけでみんな喜ぶ」
「え…!それで、いいんですか?
私の好きなものが、皆さんの好きなものとは限らないんじゃ…」
「いいんだよ。それに、人が一番綺麗に見えるときって、一番好きなものを身に付けて楽しんでるときなんじゃないかな」
そんな気持ちに背中を押されて、日頃では考えられないくらい大胆なことを言ってしまった。だがその甲斐あってか、彼女は漸く自分の思いを口にしてくれた。




7: 名無しさん(仮) 2025/03/29(土)23:38:54 0

「お花は、やっぱり好きです。もし走るときも一緒にいてくれたら、すごく嬉しいです」
「うん。じゃあ、花はどこかに入れよう。俺もいいと思う」
「あ…でも、花柄はちょっと派手すぎるかも…」
花をあしらうという方向性は決まったが、確かに彼女の言う通り、服をただ花柄にするのは彼女のイメージに合わないような気もした。一歩間違えれば年寄り臭い印象を与えかねないし、何より彼女には落ち着いた色合いの装いが似合うだろう。
「あ…じゃあ、どこかの裏地に入れるとか。走ったら服が広がって綺麗なんじゃないかな」
「…!なら、表はシンプルなデザインがいいかも…花束の包み紙みたいに落ち着いた色と形にしたら、花がもっと綺麗に見えるかもしれません。
ありがとうございます…何か、掴めたかも」
そう呟いて机に向かう彼女の表情は、さっきとは違う、真剣だがどこか明るいものだった。




[6]次のページ

[4]前のページ

[5]5ページ進む

[1]検索結果に戻る

通報・削除依頼 | 出典:http://2ch.sc


検索ワード

ウマ娘 | ウマ | 怪文書 | | | トレーナー | | G | 戦線 | 本格 | 大切 | 卒業 | 生徒 | 独立 | 新入生 | 新人 | 別れ |