【ウマ娘怪文書】好奇心に負けて、ついハヤヒデの髪を触ってしまった。ソファでビワハヤヒデが眠り込んでいる。波状毛と捻転毛の合わせ技でできた後ろ髪が、扇のように広がり自然のカーペットを作り出している
1: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:22:28
好奇心に負けて、ついハヤヒデの髪を触ってしまった。
うららかな陽が差しているトレーナー室。ソファでビワハヤヒデが眠り込んでいる。
波状毛と捻転毛の合わせ技でできた後ろ髪が、扇のように広がり自然のカーペットを作り出している。
おそるおそるカールされた毛先に触れる。羽毛のような軽さと柔らかさが伝わってくる。
毛先でこれならば、本体はどれほどのふわふわなのだろう――。
いくばくかの罪悪感と、ほんの少しのスリルに後押しされて、俺は夢中で手を突っ込んだ。
気が付いたときには、肘の先まですっぽりハヤヒデの髪に埋まってしまっていた。
ぐっと力を籠めるが、どうしても抜くことができない。それどころか逆に、ずぶずぶと体が吸い込まれていく。
「あっ、あああーー!!」
底なし沼にはまった人のように、音もなく気配もなく、存在そのものが飲み込まれた。
2: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:22:49
「おや、起きたようだな」
気が付くと、俺は"作戦会議室"にいた。
目の前のビワハヤヒデは、なんだか派手になったように思える。
それに、サバゲーの帰りだろうか。迷彩服などを着込んで、なにやら雰囲気が厳めしい。
「混乱している、か。無理もない。だがもっと君を混乱させることを言おう。ここは二十年後の日本だ」
二十年後? 俺はハヤヒデの髪を触っていたはず――。
「単刀直入に言おう。我々人類は滅亡の危機に瀕している」
人類? 滅亡?
「それも、ほかならぬ私の責任によって――だ」
派手に見えた理由がやっとわかった。口紅とアイシャドウだ。
二十年の時を経て、ビワハヤヒデは化粧することを覚えていた。
3: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:23:16
「トゥインクルシリーズを終えた後も、私たちは理論を追求し続けた。勝利の方程式を求めて研究に邁進した。その結果……」
どどん、とどこか遠くで砲弾が着弾する音が聞こえた。ぱらぱらと埃が落ちる。
「図らずも我々は、シンギュラリティに到達してしまったのだよ」
シンギュラリティ。つまりAIが自我を持つようになった。勝利の方程式は、分野を超えてAIたちに自我を与えた。
「人類に反旗を翻したAIが第三次世界大戦を引き起こすまで、そう長い時間はかからなかった」
無尽蔵の火力を持つ機械軍を前に、人類軍は後退を余儀なくされたのだという。
「いまや人類軍はわずかな勢力を残すのみとなった。各地で最後の抵抗を繰り広げているところだよ」
理論の提唱者であるハヤヒデは、戦争を引き起こした当事者として、深い責任を感じている。
機械軍との戦争。多くの犠牲者が出た。人類は滅亡に向かっている。
俺はあまりの情報量に困惑することしかできなかった。
「俺は……二十年後の俺はいったいどうなってる?」
ようやく発したその問いにも。
「トレーナー君は……十年前、敵ドローンの凶弾に倒れて……」
重苦しい沈黙が作戦会議室を包み込んだ。
4: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:23:37
世界は崩壊している。そして俺もこの世には存在していない。
このふわふわした感情をどのように解釈すればいいのだろうか。
「だが、安心してくれ、トレーナー君。言うなればこれは、人類版ターミネーターなんだ」
俺は顔を上げた。人類版ターミネーター? どういうことだろう。
「簡単なことだ。トレーナー君が人類軍の刺客として過去に戻り、未来を変えてくれればいいんだ」
ターミネーターの役割を、俺にやれということか。しかし、ハヤヒデを抹殺するなんてことはしたくない。
「なにも私を消す必要はない。理論への執着を無くさせればいい。私を理論から解き放ってくれ」
そう言うと、ハヤヒデはずいっと顔を近づけてきた。
「一人の女性として、つつましやかな人生を送るように仕向けるんだ。そうすればAIそのものが発生しなくなる」
ハヤヒデは、バードキスと呼ばれるキスをして、ふふっと軽く微笑んだ。
「頼むぞ、トレーナー君。人類を救ってくれ」
このハヤヒデは、大人なのだな。と、妙なことを考えた。
5: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:23:58
一瞬、視界が真っ黒に切り替わった。そして次の瞬間には、トレーナー室に戻っていた。
とっぷりと日が暮れていて、ソファに寝ていたハヤヒデもいつの間にかいなくなっている。
俺は電灯のスイッチを入れて、考えた。さっきまでの出来事は、夢なのだろうか。
ふと、隅に目をやると、大きめの段ボール箱が三箱置いてあるのが見えた。
中にはこれまでの理論の集大成である、ビワハヤヒデの研究ノートが詰め込まれている。
まだどこにも報告していない、秘伝のレシピとでも言うべき理論体系。二人三脚で歩んできた、最高機密。
もしそれを、内緒で投棄してしまえば――。
俺はPCを起動して、この辺りのゴミ収集カレンダーを表示させた。
明日、12月23日は火曜日。燃えるゴミの日だ。
6: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:24:21
「無い、無い、ないないない! とととトレーナー君! 研究ノートが、研究ノートが!!」
翌日のハヤヒデの狼狽えようは筆舌に尽くしがたいものがあった。
トレーナー室のすべてをひっくり返し、引き出しという引き出しを開け、はてには俺のパンツや靴下まで裏返して覗き込んだ。
「デジタルデータには残していないのか?」
「私はアナログ派なんだ! あれを失ったら、また一から理論を組み立てなおさないといけなくなる! 途方もない時間がかかるぞ!」
結局、その日はトレーニングを中止にして、学園中を巻き込んでの大捜索を行った。
生徒会にも協力を仰いで、寮生が総出で探してくれたが、どこを見直しても研究ノートは見つからなかった。
意気消沈したハヤヒデは、ソファに倒れこむと小さな寝息を立てて眠ってしまった。
俺は、その傍らに立っている。
「……」
ハヤヒデのふわふわの髪の毛に、意を決して手を差し入れる。
全身に触手のように髪が絡みつき、再び、存在そのものが飲み込まれた。
7: 名無しさん(仮) 2025/01/27(月)23:24:44
「歓迎するよ、トレーナー君。ご飯ができている。部屋もきれいに掃除した。それにお風呂も……おや?」
どこかのマンションの一室。ハヤヒデがエプロン姿で俺を出迎えてくれている。
「そうか、今日は二十年前の君がやってくる日だったな。つい忘れていたよ」
案内された部屋は一人で住むにはやや広すぎるような気がした。1LDKで、全体が少し暗い。
「朗報だぞ、ブライアン。今日はなんとトレーナー君が来てくれているんだ。ふふ、珍しいだろう?」
ナリタブライアンも来ているのか? リビングダイニングから続きの間を見るが、人の気配はない。
おかしいな、と思いながらも食卓につく。すかさずハヤヒデがカレーをよそって置いてくれる。
芳醇なスパイスが鼻腔をくすぐる、が、俺の興味関心はすでにそこにはない。
「前のめりになっているぞ、そう焦るな。結論から言おう、この世界は順調で、私も幸せだ」