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【ゆるゆりSS】ふたりの距離 (32)(完)


29:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/09/07(木) 21:51:50.64:I2AyKHWk0 (29/32)

 向日葵はマッサージの体勢からそのまま櫻子の上にもふんと覆いかぶさり、浴衣の上からもぞりと手を忍ばせて、まるまると抱き込むように櫻子を包んだ。
 予想外の言葉と突然の深い抱擁に包まれ、櫻子はあわあわと動揺する。
 向日葵はそんな様子を気にも留めず、櫻子の耳元で淡々と続けた。

「今日一日、あなたのことを見てて……気が変わっちゃったんですわ」
「ちょっ……!」
「やっぱりあなたのこと……応援したい。わからないところとか、教えてあげたいって」
「な、なにそれ! 今まで私のこと避けてたくせに!」
「それはあなたの方が逃げていくから、あえて追いかけなかっただけですわよ。でも……今は違う」

 もぞもぞと身をよじって抵抗を続ける櫻子が逃げないように、深く優しく抑え込む。

「本当にあなたのこと……見直したんですわ。だから、応援したい。あなたの力に……なりたいの」

 櫻子はぴたりと動きをとめ、しばしの静寂が流れる。
 そして枕に顔をうずめながら、弱々しい声を漏らした。

「……ゃだよ……」
「え?」
「こわいよ……これで、向日葵と同じ高校受からなかったら……どうすんの……」
「……」
「またあのときみたいに泣かせちゃうくらいなら……私に期待なんて、しない方がいいよ……」
「櫻子……」
「私、まだまだバカなんだからさぁ……」

 思いつめたような泣き声を聞き、向日葵は櫻子の髪を撫でる。
 くしゅくしゅと手でもてあそびながら、その耳元に優しく語りかけた。

「失敗したときのことなんか……落ちちゃったときのことなんか、考えなくていいんですわ」
「……」
「もし仮に不合格だったとしても、私は絶対にあなたを責めたりしません。だって私はもう、櫻子がこんなに頑張ってるんだって知ってるんですもの」
「向日葵……」
「自分の力でこんなに頑張れるようになった櫻子が、もし全力でチャレンジして……それでもだめだったら、それはしょうがないじゃない。私はきっと、あなたを誇りに思いますわ」

 櫻子の首元に顔をうずめ、親が子に語り掛けるかのように、優しく話す向日葵。
 その温かさが、その重みが、櫻子にはたまらなく愛しかった。
 この半年間、本当はずっと、向日葵とこんな風に話したいと思っていた。
 いつの間にか、夢は夢じゃなくなっていた。

「それにきっとその時は、あなたを責めるより前に、私の方が後悔してますわよ。櫻子のために何もしなかったんだって」
「え……?」
「櫻子はこんなに頑張ったのに、私がそれを見捨てたってなったら……激しく後悔すると思いますわ。そうなったらたとえ高校浪人したって、あなたに付き合うと思います」
「……そんなこと、考えなくていいよ……」
「ふふっ、そうですわね。というか落ちませんって。絶対」
「もう、なんの根拠もなしに……」
「いいえ。私にはわかります。櫻子はやると決めたらやる子ですから」
「……」
「絶対、ぜったい、大丈夫ですわ」

 向日葵の料理にだけ、お酒でも入っていたのだろうか。
 あんまりにも大人っぽいから、女将さんが気を利かせてお酒を用意しちゃったのだろうか。
 もぞもぞと甘えながら密着してくる向日葵の色っぽさに、櫻子の胸の鼓動はピークに達していた。

 けれど一方の向日葵は、くすくすと微笑みながら、密着状態を崩すことはなくて。
 この半年の間に募った想いを、ずっとこんな風にしてみたいと思っていた気持ちを注ぎ込むかのように、触れ合う面積を少しずつ増やして。
 そうして伝わってくる体温を感じて、櫻子はなんだか勇気が湧いてくるような気がした。

 ごろごろ、ごろごろと、ふたりして布団の海に揺られる。
 こんなこと今までしたことなかったのに、一度距離が離れたせいか、お互いがお互いの温もりを求めてしまっていた。






30:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/09/07(木) 21:52:42.96:I2AyKHWk0 (30/32)

 しばらくして、さすがに暑すぎるといってギブアップした櫻子は、向日葵の下から這い出て、もう一度温泉で汗を流したくなるくらい火照ってしまった身体をぱたぱたと冷ました。
 向日葵はその様子を微笑ましく見ながら布団の上に座り直し、櫻子に向き直った。

「改めて、言わせてください。あなたのお手伝いがしたいって」
「向日葵……」
「私は……あなたと同じ高校に進んで、あなたと一緒に高校生活を送りたい。そのために、あなたのためにできることは、何でもしてあげたいんですの……これは本当に、心の底からの本心ですわ」
「……」
「だから、距離をとるのも、もうやめにしましょ」
「!」
「また昔みたいに、一緒に学校に行って、一緒に勉強もして……」
「……うん」
「一緒に、頑張っていきましょうよ」
「……そだね」

 向日葵は櫻子の手を両手で包み、心からの想いを伝える。
 櫻子はじんわりと伝わってくる仄かな手の温度を通して、向日葵の言葉を素直に受け入れた。

「そうだ、たまにはまた生徒会にも顔を出してくれると嬉しいですわ」
「……えっ、私とっくにやめたじゃん」
「あんな退会届、受け取ってませんわよ。副会長の席は、今でもちゃんとあなたのために空けてますわ」
「……」
「勉強時間が減るのが嫌なら、その分を私がカバーしますから」
「……いいのに……」
「あなたのぶんの仕事も今までどおり私がやりますし、勉強の面倒も見たい。今はとにかく、あなたのために色々してあげたいんですわ」
「だから、そういうのが重荷になっちゃうんだって~……」
「じゃあ、重く感じないで?」
「わがままか!」
「それくらいの重荷……背負ったって、今の櫻子なら大丈夫ですわよ」
「……うぅ……」

 真っ赤な顔で困り尽くす櫻子の顔を、向日葵は膝立ちになって抱きしめる。
 温かい胸に包まれ、櫻子の文句は子犬の泣き声のようにくんくんと弱っていった。




31:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/09/07(木) 21:53:18.87:I2AyKHWk0 (31/32)

「今日一日、ずっとそばにいて……やっぱり、わかったことがあります」
「……」
「私……あなたのこと、好きなんですわ」
「っ!」

「あなたと一緒にいたい、これからもずっと一緒にいたいって、思ってる……」
「向日葵……」
「櫻子は、どう?」
「……」

 櫻子はぐぐっと体重をかけて向日葵をぽすんと布団に押し倒し、浴衣越しの胸にふにゅんと顔をうずめながら言った。

「……私だって、同じだよ」
「……」
「向日葵と一緒にいたいから……向日葵のことをもう泣かせたくないから、こんなに頑張ってるんじゃん……」
「……そうでしたわね」

 向日葵は目を閉じて櫻子を抱きしめ、その背中をさする。
 櫻子もその腰にきゅっと手を回し、溢れる思いを少しずつつむぐように、ぽつぽつと話した。

「向日葵、お願い……私、これからも頑張るから」
「……ええ」
「だから……力を貸して。また今までみたいに……いっぱい、私の勉強、見てよ」
「……ふふ、よろこんで」

 本当は、向日葵にも内緒でずっと勉強して、それで合格してみせたら、かっこよかったのかもしれない。
 でも、もうあまり時間もないし、そんなことも言ってられない。
 向日葵と一緒になるために、櫻子はどんなことだってする覚悟だった。
 こうなったらもう、向日葵の手でもなんでも借りてやる。

「大丈夫、櫻子は絶対大丈夫……あなたは絶対に受かりますわ」
「……ん」

 櫻子の髪をもしゃもしゃと愛しそうに撫でながら、先に眠りについたのは向日葵の方だった。
 窓から差し込む月明かりに照らされた寝顔は、子どものように安らかで。
 櫻子は少しだけ位置をずらすように向日葵を布団に寝かせ直し、髪をかきあげておでこをそっとさすった。

(ずっと一緒にいようね……向日葵)

 小さくて愛しい唇に、そっと自分の唇を重ねる。
 少しだけひくりと動いた気がしたのは、きっと気のせいだろう。

「おやすみ、向日葵」

(……おやすみなさい、櫻子)

――――――
――――
――






32:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/09/07(木) 21:54:02.65:I2AyKHWk0 (32/32)

 翌日。

 櫻子と向日葵は早々にチェックアウトを済ませ、電車を乗り継いで一緒に帰宅した。
 櫻子は大室家へ、向日葵は古谷家へ。しかし向日葵は勉強道具を用意すると、すぐに大室家のリビングへ向かう。
 昔みたいな光景が、また大室家に戻ってくる。

「夏は受験のてんのーざん! がんばるぞー!」
「わぁ♪」
「気合入りすぎだし」
「温泉旅行で気力回復しすぎでしょ……」

 櫻子はペンを高くかかげてメラメラと闘志に燃えていた。ソファに座った楓が嬉しそうに拍手を送る。
 花子と撫子はお土産の和菓子をはくはくと食べながら、呆れ気味にツッコミを入れた。

「ところで天王山ってどういう意味?」
「それくらいわかっとけし。それが試験問題になったらどうすんの」
「わー、国語苦手なんだよなぁ……」
「国語というよりは歴史だと思うけど」
「ふふっ」

 冷たい麦茶を人数ぶん淹れて戻ってきた向日葵は、櫻子の隣に座る前に、スマホを取り出す。
 大切なクラスメイトふたりに心からの感謝をメッセージで伝え、そして窓をからりと開けて風を取り入れた。

 涼風が優しく頬を撫で、チリンチリンと風鈴が鳴る。
 青く澄み渡る空と高い雲を見て、向日葵は思った。

――私たちの未来は、こんなにも輝いている。

~fin~



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