【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。
240: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:26:24.50 ID:3etpqdGe0
参考になるんだかならないんだか分からないアドバイスだったな。
外ではいつの間にか、夏特有の大雨が降ってた。
俺が店を出ようとすると、さっきの兄ちゃんが傘を貸してくれた。
「よく分かんないけど、何か成し遂げたいなら、
まず健康は欠かせませんからね」とか言ってさ。
俺は傘をさして、ミヤギと並んで帰った。
小さい傘だったから、お互い肩がびしょ濡れになった。
傍から見たら俺は、見当違いな位置に
傘をさしてる馬鹿に見えただろうな。
242: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:33:36.16 ID:3etpqdGe0
「こういうの、好きだなあ」とミヤギが笑う。
「どういうのが好きなんだ?」と俺は聞きかえす。
「周りには滑稽に見えるかもしれないけど、
あなたが左肩を濡らしてることには、
すっごく温かい意味がある、ってことです」
「そうか」と俺ははにかみながら言った。
「恥知らずの、照れ屋さん」とミヤギは俺の肩をつついた。
すれ違う人たちが俺のことを不審そうに見ていた。
そこで、俺はあえてミヤギと話し続けてやった。
ここまでくると異常者扱いされるのが逆に楽しかったし、
何より、こうすることでミヤギは喜んでくれるから。
俺が滑稽になればなるほど、ミヤギは笑ってくれるから。
243: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:38:53.96 ID:3etpqdGe0
商店の軒先で雨宿りしていると、知った顔に出会った。
同じ学部の、挨拶程度は交わす中の男だ。
そいつは俺の顔を見ると、怒ったような顔で近づいてきた。
「お前、最近いったいどこで何してたんだ?」
俺はミヤギの肩に手をおいて、言った。
「この子と遊び回ってたんだよ。ミヤギっていうんだ」
「笑えねえよ」と彼は不快そうな顔をして言った。
「あのな、クスノキ。前から思ってたが、お前病んでるんだよ。
人と会わないで自分の殻にこもってるから、そういうことになるんだ」
「あんたがそう思うのも、無理はないよな。
俺があんたの立場だったら同じ反応を示したと思う。
でも、確かにミヤギはここにいるんだよ。その上、かわいいんだ」
俺はそう言って一人で大笑いした。
彼はあきれた顔をして去っていったな。
244: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:49:25.70 ID:3etpqdGe0
通り雨だったらしく、雨はすぐにやみ始めた。
空には、うすぼんやりと虹が浮かんでいたな。
「あの、さっきの……ありがとうございます」
ミヤギはそう言って俺に肩を寄せた。
”堅実に”、か。
俺は古書店の爺さんのアドバイスを思い出していた。
考えてみれば、俺にはできる事があるんだよな。
『借金を返す』って考えに縛られてたけどさ、
こうやって俺が周りに不審者扱いされることだけでも、
彼女はずいぶん救われるらしいじゃないか。
そうなんだよ。俺は彼女に、確実な幸せを与えられるんだ。
目の前にやれることがあるのに、どうしてそれをやらない?
245: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 12:54:27.22 ID:3etpqdGe0
バスに乗って、俺たちは湖に向かった。
そこで俺がやらかしたことを聞いたら、
大半の人間は眉をひそめるだろうな。
周りには一人客に見えているのを承知で、
俺は「あひるボート」に乗ってやったんだ。
係員の男が「一人で?」という顔をしたので、
俺は彼には見えていないミヤギに向かって、
「さあ、行こうぜ」とか声をかけてやった。
係員、半分怯えたような目をしてたな。
ミヤギはおかしくてしかたがないらしく、
ボートに乗っている間もずっと笑っていた。
「だって、成人男性一人であひるボートですよ?」
「なんか、一つの壁を越えた気がするね」と俺は言った。
246: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 13:00:47.32 ID:3etpqdGe0
一人あひるボートの後も俺は、
一人観覧車、一人メリーゴーランド、一人水族館、
一人シーソー、一人プール、一人居酒屋、
とにかく一人でやるのが恥ずかしいことは大体やったな。
どれをやるにしても、俺は積極的にミヤギに話しかけた。
頻繁に彼女の名前を呼び、手をつないで歩いた。
段々と、俺は不名誉な感じの有名人になっていった。
俺の顔見るだけで指差して笑う人も、かなりいたな。
ただ、幸運なことに、俺はいつでも幸せそうな顔をしてたから、
俺を見て逆に楽しい気分になる人もそこそこいたらしいんだ。
247: 名も無き被検体774号+ 2013/05/08(水) 13:04:23.27 ID:eFvLL9ez0
鬱エンドな気しかしなくてなんか怖くなってきた
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