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【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。


95: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:20:09.76 ID:VnWGrOgI0

俺は冷めたパスタをゆっくり食べた。
しばらくすると、ミヤギが正面に座って、
幼馴染の分のパスタをぱくぱく食べ始めた。
「冷めてもおいしいですね」とミヤギは言った。
俺は何も言わなかった。

店を出ると、俺は駅前の橋に向かった。
そしてそこで、幼馴染に渡すはずだった
三十万円の入った封筒を胸から取り出し、
道行く人に、一枚ずつ配って歩いた。

「やめましょうよ、こんなこと」とミヤギが言う。
「別に人に迷惑はかけてないだろ」と俺は返す。

どいつもこいつも、渡されたのが金だと分かると、
薄っぺらい礼を言うか、怪訝そうな顔をした。
断る奴もたくさんいたし、もっとよこせと言う奴もいた。




96: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:23:15.89 ID:VnWGrOgI0

三十万はあっという間になくなった。
俺は勢い余って、財布の金にまで手を出した。

きっと俺は、誰かに構って欲しかったんだろうな。
「何かあったんですか?」とか聞いて欲しかったんだろう。

三十三万円配り終えると、俺は道の真ん中で立ち尽くした。
道行く人が不快そうに俺のことを眺めていた。

タクシー代も残っていなかったので、
俺は建物の陰になっているベンチで寝た。
真上に傾いた街灯があって、しょっちゅう点滅していた。
ミヤギも正面のベンチで寝るようだった。
女の子にひどいことさせんてなあ。

「先に帰っていいんだぞ?」
俺がミヤギにそう言うと、彼女は首をふった。
「そしたらあなた、自殺とかしそうですから」




97: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:27:15.69 ID:VnWGrOgI0

眠りにつくまで、俺は真上に広がる星空を眺めていた。

最近、夜空を見る機会が増えた。七月の月は、綺麗だ。
俺が見逃していただけで、五月も六月もそうだったのかもしれない。

俺はいつものように、眠りにつく前の習慣を始めた。
頭の中に、いちばんいい景色を思い浮かべる。
俺が本来住みたかった世界について、一から考える。

五歳くらいから、ずっとやってる習慣だった。
ひょっとしたら、この少女的な習慣が原因で、
俺はこの世界に馴染めなくなったのかもな。





98: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:30:22.27 ID:VnWGrOgI0

六時ごろに目を覚まして、俺は歩いてアパートまで帰った。
街の外れでは朝市をやっていて、早朝から騒がしかった。

四時間くらい歩いて、ようやくアパートについた。
一昨日の件もあって、両腕両足が悲鳴を上げてたな。
もっと安らかに生きることはできないのかね、俺は。

シャワーを浴びて着替えると、寝なおした。
ベッドだけは俺を裏切らない。俺はベッドが大好きだ。

さすがのミヤギもそれなりに疲れたらしく、
監視もほどほどに、すぐシャワーを浴びて、
部屋のすみっこでうつらうつらしていた。




99: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:33:47.33 ID:VnWGrOgI0

机の上には、書きかけの遺書があった。
だが、続きを書くのは何だか馬鹿らしかった。
誰も俺の言葉なんて気にしちゃいないんだ。

会いたい人もいないし、そうなると、
いよいよすることがなくなってしまった。
散財しようにも金は昨日配りきってしまったし。

「何か他に好きなことはないんですか?」
ミヤギは俺にを励ますように、そう訊ねた。
「やりたかったけど、我慢してたこととか」

そこで割と真剣に考えてみたんだけど、
俺、どうやら好きなことがあんまりないらしい。
あれ、今まで何を楽しみに生きたんだっけ?




100: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:37:32.94 ID:VnWGrOgI0

かつて趣味だった読書も音楽鑑賞も、
あくまで「生きていくため」のものだったんだよな。
人生に折り合いをつけるために音楽や本を用いてたんだ。

いざ余命三か月となると、何もしたいことがなかった。
薄々感づいてはいたけど、俺って生き甲斐がないんだ。
寝る前の空想だけを楽しみに生きてたとこがあるな。

監視員は言う、「別に無意味なことだっていいんですよ。
私が担当した人の中には、余命二か月すべてを、
走行中の軽トラックの荷台に寝そべって
空を見上げることに費やした人もいるんです」

「のどかだな、そりゃ」と俺は笑った。




101: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 20:40:35.29 ID:VnWGrOgI0

さらにミヤギは、こう言った。
「考える時は、外に出て歩くのが一番です。
お気に入りの服に着替えて、外に出ましょう」

いいこと言うじゃないか、と俺は思った。
段々とこの子は、俺に優しくなってきているように見える。

もしかすると、監視員は監視対象との接し方が決まっていて、
彼女はそれに従っているだけなのかもしれないが。

俺はミヤギのアドバイスに従って外を歩いた。
ものすごい日差しが強い日だったな。髪が焦げそうだった。
すぐに喉が渇いてきて、俺は自販機でコーラを買った。

「あ」、と俺は小さく声を漏らした。




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