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【ウマ娘怪文書】ウマ娘の中には稀に不思議な夢を見る者がいるという。自分のものではない誰かの記憶――それを夢に見ることがあるらしい


15: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:52:45

そうされながら、私はふっと思ってしまう。
ああ、この感触もこれが最後なんだと。
そのせいで、私はますます激しく泣きじゃくる。己を、感情を、制御できなくなる。
情けない。不甲斐ない。みっともない。そんなことだから、この結果を招いてしまったというのに。
だから――。
ごめんなさい。ごめんなさい、トレーナーさん。
声に出せない代わりに、私は心の中で必死に謝り続ける。
弱くてごめんなさい。心配をかけてごめんなさい。あなたに全てを押しつけてしまって、本当にごめんなさい。
許して欲しいとは言いません。私に、そんな資格はありません。
ただ、もしも――。私は心の中で強く思う。願うように思う。誓うように、思う。
もしも、次があるのなら。もしも、いつかまた、あなたの下に戻れたならば。
その時は、二度と弱さを見せません。決して、弱い自分を許したりなんかしません。
強くなります。強くなって、あなたが認めるくらいに、誰よりも、強くなって、次は、絶対に――。




16: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:53:04

目覚めたら、睫毛が濡れていた。
目の端からまだ少しだけ零れる雫と共に、ゆっくりと身を起こす。
幸いなことに、ルームメイトはまだ豪快に、気持ちよさそうな寝息を立てていた。
ひとまず、私はほっと胸をなで下ろす。良かった、見られなくて。
この夢を見ること自体はいいのだが、毎回無意識の内に泣いてしまうことだけは若干困りものだった。
物音を立てないよう静かに寝床を出て、洗面台で顔を洗う。
滴る水を拭き取り、さっぱりとしたところで鏡の向こうの自分と目が合った。
この頃には、もうグラスワンダーの中では夢での記憶はかなり曖昧なものになっている。寝ている間はあれほど鮮明だったのに、今は全てがどうにもおぼろげだ。
ただ、それでも毎回、この夢を見る度に決して褪せずに残り続けるものがある。感情がある。想いがある。




17: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:53:46

強くなる。
強くなれ。
もう二度と、決して、後には退かぬよう。
誰よりも強い己であれ。
そう自分に言い聞かせてくる何かが、体の中で燻っている。
それは決意なのか。それとも願いなのか。
あるいは、後悔なのか。
そのどれであるとも言えないし、その総てであるとも言えるような、不思議な想い。
その存在を感じる度に、グラスワンダーは自問する。
これは本当に自分の内から湧き出てくるものなのだろうか。
それとも、自分ではない誰かの――。





18: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:54:09

「…………」

こちらを見つめてくる自分を、強く見つめ返す。
どうであれ、別に問題はない。
何故ならば、それは確実に今の自分の目的とも重なるものであるのだから。
よしんば、その誰かの想いの影響を受けたことで今の自分が形成されているのだとしても。
……それはそれで構わない。その総てをひっくるめた上で、

「私は、グラスワンダーなのですから」




19: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:54:37

学園での学業が終われば、所属チームでのトレーニング。
それがウマ娘としてのグラスワンダーの日常だ。もちろん今日も変わりなく。
グラスも今ではチームにおいてかなりの好成績を誇る花形の一人だ。最近はサブトレーナー代わりの仕事もしているチームリーダーからまとめて鬼の指導を受けているデビュー前やジュニアクラス達と違い、個別の練習が許されている。
当然、担当トレーナーの監督の下で、だが。

「――ふっ」

2200mの試走を一本終えて、グラスは一息つく。
クールダウンも済ませてようやく足を止めたところで、走りぶりを見つつタイムも計測してくれていたトレーナーがゆっくりと近づいてきた。

「どうでしたか?」
「時計はきっちり出ている。いい調子だね。このまま順当にコンディションを整えていければ、次のレースでも勝算は十二分だろう」

グラスが尋ねると、トレーナーはそう穏やかに結果を報告してくれた。




20: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:55:06

それを聞いて、グラスはひとまず安心する。今日も調子を落としていないことに対して。
個人的にも悪くないという感触はある。いい具合に上り調子にあるとすら言ってもいいだろう。

「…………」

そのまま手を軽く握ったり開いてみたりして、全身の感覚を確かめる。気力は十分、全身に活力も漲っている。
これならば、あるいは。

「でしたら、トレーナーさん」

そう考えるに至ったグラスは、普段どおりのにこやかな微笑を浮かべながら問いかける。

「そろそろ、私のことを手放したくなりましたか?」




21: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:55:33

しかし、問われたトレーナーはといえばまったくきょとんとした顔つきであった。なんとも困惑しているような。

「……いや、僕は全然グラスのことを手放すつもりはないけれど……」
「……そうですか」

間違いなく本心であろうその返答に、グラスは少し頭上の耳を絞り、気落ちする。

「ああ、でも、グラスが移籍を希望しているのなら無理には止めないよ」
「そんなこと、これっぽっちも考えてませんからね」

まったく見当違いのことを言い出すトレーナーへ、グラスは即答する。多少の怒気をちらつかせながら。
トレーナーはますます困惑しつつも、とりあえず今のはマズかったと気づいたのだろう。すみませんと軽く頭を下げてきた。




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