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【ウマ娘怪文書】ウマ娘の中には稀に不思議な夢を見る者がいるという。自分のものではない誰かの記憶――それを夢に見ることがあるらしい


8: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:49:59

そう気づいた瞬間、まずは頭に血が上った。心中で憤慨した。
耐え難い屈辱だと感じた。私にだってプライドがある。穏やかな普段の気性に反して負けん気の強さは人一倍だとも言われている。
だからこそ、自分があの子よりも弱いから選ばれたのだという事実はその誇りを酷く傷つけた。
私は怒り、そんな哀れみで自分を選んだトレーナーに衝動的な憎悪さえ向けた。

だけど――。

奇妙なことに、どうしようもないことに、私はそれと同時に誤魔化しようのない喜びも覚えてしまっていた。
心のどこかで「それでも」と思ってしまっていた。
それでも、いい。
それでも、嬉しい。
自分が弱いのも。弱いと思われるのも。何よりも嫌なはずなのに。
トレーナーに選んでもらえたという事実は、それと並んでしまう程の喜びだった。




9: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:50:23

心の一方は本気で憤っているのに、もう一方ではどうしようもなく嬉しがっていた。
完全に相反する感情が同時に発生したことで私の心は捻れ、身体ごと二つに裂けてしまいそうに錯覚した。
いや、早急にそのどちらかに落ち着かなければ本当にそうなりかねない。思わず本気でそう危惧するまでに私は追い詰められた。
その結果、私は選んだ。選んでしまった。
それでもいい、と。そう、思うことを。
彼を失うくらいなら。他の誰かに取られるくらいなら。見捨てられてしまうくらいなら。
私は弱くてもいい。弱いままでいい。あの人を自分に繋ぎ止められるなら。
あの人に心配されて、世話を焼かれる自分のままでもいい。
そんな風に、私は己の弱さを、甘えを、肯定することを選んでしまった。
あの人とずっと、共に在りたいがために。そのためだけに。
そうやって易きに流された報いは、いずれ必ず訪れるのだということも知らないままで。




10: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:50:45

それから私は望んだとおりに、彼と共に歩むことができた。
己の弱さを敢えて看過したとはいえ、私はそれでも懸命に走った。全力で駆けた。
無論、強くあるに越したことはない。正しい魅力でトレーナーを引き留められるならそっちの方が遙かに良い。
怪我や好不調の大きな波に依然悩まされ続けたことは否めないものの、彼の指導に恥じない立派な戦績も打ち立てられた。
それでも、私の心の奥底にはあの日芽生えた弱さと甘えが残り続けていた。それはどろりとへばりついて取れないまま、きっと私の心をじわじわと蝕んでいたのだろう。
結局、私はそれを消し去ることが出来ずに抱え続けていた。もしかしたら、いずれ再び機能するかもしれない保険のように、お守りであるかのように勘違いしたまま。
そして、それがおめでたくも致命的な思い違いであることは、私にとって最悪の形で判明することとなる。
そう、何の前触れもなく唐突に、トレーナーと引き離されるという形で。





11: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:51:04

……いや、前触れは、あった。
私の不調だ。私は幾度目かの不調に悩まされ、勝てなくなっていた。
全ては己の不甲斐なさ、精神の未熟が原因だ。それは自分でもわかりきっていた。
それなのに、周囲はその原因を別のものに求めた。
これだけ調子を落とすのは、もはや本人以外に原因があるのではないだろうかと。
何を馬鹿な。そんなことあるはずがない。全ての原因は私にある。
いくらそう主張しても、聞き入れてはもらえなかった。
そして、遂にはその責任を、あろうことかトレーナーに追求し始めた。
彼に全てを押しつけ、「一度離れさせた方がいいのではないか」などと、まるっきり見当違いのことを言い出す始末。
しかし、そんな的外れの意見よりもなお最悪なことは、トレーナーがそれを受け入れてしまったことだった。何の弁明もせずに、粛々と。
まるで彼自身もそれが正しいと信じ込んでいるかのように。




12: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:51:29

当然、私は焦った。困惑した。ありえない。どうして。
あなたならわかっているはずでしょう? 私が調子を落としているのはあなたのせいじゃない。私が勝てないのはあなたのせいじゃない。
全部私のせいだ。不調も、勝てないのも、全部、私が弱いから――。

――そこで、ようやく、気がついた。
私が弱い責任は、私が勝てない責任は、トレーナーである彼にも向かってしまうのだということに。
それなのに。それなのに、私は――自分の弱さを、許してしまっていた?
ああ、待って。違うの。違うんです。そんなつもりじゃなかった、私は――!
けれど、気づいた時にはもう遅かった。全てが手遅れだった。




13: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:51:51

私があなたといるための免状として抱え続けてきた弱さ――その責任を全て引き受けて、何もかも己の力不足だと頑なに思い込んだまま、あの人は離れていく。
引き留められなかった。そうする権利も、資格も、強さも、私は持ち合わせていないのだから。持つことが、できなかったのだから。
トレーナーはずっとそれを私が得られるように導いてくれていたのに、私はそれを拒み続けていたのだから。
ただ、あなたと離れたくない、ずっと一緒にいたい、あなたに選ばれたい――そんなことのためだけに。
そして、その結果として、報いとして、私はあなたと引き離される。
結局、私は自分の弱さのせいで、あなたを失うことになった。
これが報いでなくて、罰でなくて、他に何だと言うのだろう。
最後の時、あの人はこんな私に向かって深く頭を下げながらこう詫びてきた。

「――すまない。全ては僕の力不足だ。君は、何も悪くない」




14: 名無しさん(仮) 2023/06/27(火)22:52:18

そんなことない。そんなはずがない。
全部私のせいだ。私が弱いせいだ。私がこんなにも弱いから。それを自分に許してしまったから。
だから、あなたと引き離されてしまう。それだけが真実だ。
それなのに、私は何も言えなかった。
こらえようとしても溢れてくる涙のせいで、嗚咽のせいで、一向に言葉が紡げない。
言わなきゃいけないのに。伝えなきゃいけないのに。
あなたは何も悪くないって。それなのに。
どうして、私の喉は鳴き声以外を発してくれないの。どうして、しゃくりあげることしか出来ないの。

「…………」

トレーナーはそんな私を見かねたのか、ただ黙って頭を撫でてくれた。
いつもみたいに優しく、慈しむように。きっと、こちらを落ち着かせるために。




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