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【ウマ娘怪文書】赤く塗られたカレンダーの数字と、窓の外を交互に見遣る。片方は今日が休日であることを、そしてもう片方は人間の都合などお構いなしに、空が機嫌を損ねていることを示していた


8: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:13:16

髪を乾かし終えてソファに戻ろうと彼女が立ち上がると、余りきったシャツの裾が大袈裟に揺れた。
「あは、やっぱり大きい」
「ごめんな。これしかなくてさ」
できるだけ彼女が着ても違和感が出ないようにサイズや柄を選んだつもりだったが、シャツの胴の部分で腰が隠れてしまったのを見ると、やはり無理があったらしい。けれど彼女はそんなことを気にする様子もなく、楽しそうに余った裾をやりくりしていた。
「大丈夫。ほら、こうして…できた」
余りが多かったことが却って幸いしたらしい。はみ出た部分を寄せて作った結び目は、大きく可愛らしいサイズの飾りになってくれた。同じように脚の部分が余って中途半端に膝にかかっていた半ズボンも、丈を上げてやれば彼女のすらりと長く伸びた脚をうまく引き立ててくれる。




9: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:14:01

「どう?」
「見違えたよ」
「ありがと。
でも、今度はちゃんとしたの着たいからさ。ここに着替え置いてもいい?」
何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
「おい、また来るつもりか?」
「だめ?ここ、居心地いいんだもん」
「だめじゃないが…家で仕事とかするかもよ?」
「しらなーい。それよりアタシと遊んでよ」
彼女を捕まえようとした言葉は、猫のようにするりとソファを抜け出した彼女を捉え損なって、部屋の中に転がって消えた。




10: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:15:01

「シービー?」
部屋を出た彼女を探して廊下に出ると、自室のドアが開いていることに気づいた。
「いるのか?」
まだ雨音が鳴り止まない窓際に、彼女は何も言わずに佇んでいた。見慣れたはずの自分の部屋も、彼女がいるだけでどこか神秘的にさえ思えてしまう。
「いいこと教えてあげよっか」
ベッドに腰掛けた彼女の隣に、吸い寄せられるように座り込む。子供のようにその瞳を見つめていると、彼女は嬉しそうにくすくすと笑った。
「雨の日も楽しくなる方法があるよ」
「濡れるのは勘弁してくれ」
「大丈夫だって」
悪戯っぽく笑う彼女の言葉は、信じられなくてもそれでいいと思ってしまうような魅力がある。たとえ一時の戯れでも、彼女が楽しいなら聞いてみたいとつい考えてしまうような。
「今日は何するつもりだったの?」
「仕事だよ、ふつうに」
「ふーん…えいっ」





11: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:15:16

崩していた足にやおら彼女の重みを感じて、慌てて姿勢を変えようとする。それに合わせて具合のよい場所を探すように動く彼女の頭は、しばらくすると収まるべきところに収まったらしく、彼女が体重を預けてくるのが伝わってくる。
「これなら濡れなくてもいいよね」
「…そうだな」
いきなりしなだれかかってきたことへの抗議は、すっかり忘れ去られてしまった。彼女が膝の上で落ち着いていると、なぜかそれが自然のことだったかのように安心してしまう自分がいた。

「雨の日の楽しみ方はね、この音に耳を澄ませること。仕事も責任も全部忘れて、優しい音に浸りながら、したいことをゆっくりしていけばいいよ」
仰向けになった彼女と目が合う。にこりと微笑んだ彼女の指が頬をなぞると、擽ったさで漏れた笑い声が彼女のそれと重なった。
ころころと笑う彼女は、欲しいものを漸く手に入れた子供のように、ひどく愉しげだった。
「こうしてる間はさ、きみのことひとりじめできるね。仕事にも、何にも渡さない。
今なら好きなだけ、飽きるまで一緒にいられる。
それが、アタシの今したいことだよ」




12: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:15:33

膝の上の重みと温もりに、別のことをしようという気持ちがどんどん希釈されていく。
もうすっかり、彼女の思うがままになってしまう。
「…そっか。そうだな。
じゃあもうちょっと、ゆっくりしようかな」
不真面目になったものだ、と思う。せっかく休日を返上して、彼女のために働こうとしていたというのに。
こうしていると、どんどん彼女と一緒にいたくなってしまう。
「〜♪」
楽しそうに揺れる彼女の頭をそっと撫でるときには、仕事のことなどもうすっかり忘れていた。
全く、一から十まで全て彼女の思い通りだ。
「コーヒー要るか?」
「ミルクと砂糖も欲しいな」
ありったけ、ココアでもいいかも、と言う彼女の声は、既に心地よさそうに揺れていた。
「眠くならないか?」
「いいじゃん。このまま寝ちゃおう」




13: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:15:46

すっかり眠ってしまった彼女の体温と一緒に、眠気まで感染ってゆくような気さえする。彼女の寝息と優しい雨の音が、疲れた身体を癒してくれる。
起きて彼女と話していたいとも思うけれど、今はもう少しだけ眠っていてほしい。
「幸せ、だな。きっと」
こんなことを漏らしても、きっと彼女には聞こえないから。




14: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:16:00

ベランダから臨む夜空には、西の空に傾きかけた冬の大三角が見える。スピカにはまだ早いかなと今度は東に目を向ければ、下からにょきりとシービーが顔を出した。
「おー。晴れたね」
一応、雨宿りがきっかけでこの不思議な時間は始まったのだけれど、雨が止んでも帰ろうという気は彼女には全く無いらしい。
「くつろいでくれとは言ったけど」
「んー…だめ?」
するりと腕の中に入ってきたのと同じようにするりとベランダから抜け出して、ベッドの上に寝転んだシービーは、もう夕食も済ませて夜着に着替えてしまっている。手持ち無沙汰なのかクッションを抱えて寝転がる姿は、悪戯好きな猫を想起させた。
「だめじゃないけど」
この台詞を言うのは、一体何度目になるのだろう。呆れるほど突飛だけれど、どうしようもなく魅力的な彼女の提案に、もうすっかり自分は逆らえなくなっていた。
「このまま星空を一緒に見てるのもいいけど、ごはん食べたらもう眠くなっちゃって。
それに、ここで寝たらすごい気持ちよさそうなんだもん」




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