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【ウマ娘怪文書】赤く塗られたカレンダーの数字と、窓の外を交互に見遣る。片方は今日が休日であることを、そしてもう片方は人間の都合などお構いなしに、空が機嫌を損ねていることを示していた


1: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:08:23

赤く塗られたカレンダーの数字と、窓の外を交互に見遣る。片方は今日が休日であることを、そしてもう片方は人間の都合などお構いなしに、空が機嫌を損ねていることを示していた。
「はぁ」
別に出掛ける予定があったわけでもないのに、厚かましくも溜息をついてみる。雨の日だろうと晴れていようと、出不精な自分のやることは大して変わらないのに。
宿題をやろうとしていた子供が、親から同じことを言われてやる気をなくすことに似ているかもしれない。やるのは別に構わないが、何かに強制された結果としてというのは癪に障るという、子供じみたつまらない意地に。
「…仕事するか」
ひとしきり臍を曲げてみても、結局やることは同じという点もそれに近い。家の中に無聊を慰めるための娯楽のひとつもないことを自覚して少し情けない思いになるが、明日の自分や来週の自分が楽になるためと思えば、早めに仕事に手を付けておく自分のことは幾分か褒めてやれるような気がした。
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2: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:08:57

雨垂れが屋根を伝う音と、キーボードを叩く音だけが部屋に響く。そんな穏やかで単調な時間を遮ったのは、インターホンから聞こえてきたチャイムだった。
「…?」
独り暮らしの男の家に来客は早々あるものではない。宅配便もボックスに置いてもらうことにしているから、本当に一瞬何の音か思い出せなくなりかけていたが、確かにそのチャイムは自分の家のものだった。
「はーい」
急かすように続け様に鳴る音を遮るように、玄関の方へと駆けてゆく。そのときの心持ちは作業を中断された苛立ちが半分、心当たりのない来客への不安が半分といったところだっただろうか。
「や、トレーナー」
ドアを開けた瞬間、それらは全て驚きに変わってしまったけれど。




3: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:09:21

「待っててくれ、タオル取ってくるから」
「ありがと。ごめんね?近かったからさ」
「いいって。風邪引くなよ、お風呂も沸かすから」
突然の来客で俄に騒がしくなった部屋を突っ切って、洗ってあるバスタオルを探して浴槽に湯を張る。元々今日は風呂を沸かすつもりだったので、前もって風呂場を洗っておいたのは我ながらラッキーだった。

「〜♪」
シャワーの水音に混じって、楽しそうな歌声が聞こえてくる。それを横目に濡れた服を仕分けて、ネットに入れて洗濯機の中へ。
下着は流石に自分でやってもらったが、時間も惜しいので残りの服の面倒はこちらで見ることにした。普段はそれほど注意を払わないが、彼女の爽やかに整えられた服が自分の不始末で傷むのは忍びないので、きっちりと一つずつ仕分けてゆく。
「どうするかな、このあと」
揺れる洗濯機の中身を見つめながら、単調な予定がすっかり吹き飛んでしまった休日の時間を思う。
彼女がいるなら、退屈している暇など到底ないに違いない。





4: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:09:47

「ほら、髪乾かさないと」
「えー、今いいとこなのに」
風呂から上がった彼女は、適当に見繕った部屋着を着て、我が家のようにソファに横たわっていた。そのことも、どこから見つけてきたのか知れない学生時代のアルバムを興味深そうに見ていることも咎めるつもりはないが、濡れたままではせっかく温まった体がまた冷える。
「じゃあ、きみが乾かしてよ」
一度何かに熱中すると梃子でも動かない彼女をどう動かしたものかと思案していたら、彼女の方からとんでもない提案が飛んできた。
「だめ?」
「だめ、というか…そっちはいいのか?」
「いいよ。別に普段から特別なことしてるわけじゃないし。
それに…なんかきみはそういうの上手そう」
彼女の前で髪をセットした覚えは少なくともないのだが、妙に確信めいた物言いの彼女にそこまで言われてしまえばもう逃げ場はない。
「…あんまり期待はしないように」
「ぁは、それは無理じゃない?だってもう楽しみだもん」
ただ髪を乾かすだけなのに異様な緊張を覚える自分と、ただ髪を乾かすだけなのにひどく楽しげな彼女は、滑稽なくらい対照的だったに違いない。




5: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:11:16

「ここか?」
「うん…そう。いいよ」
始める前から気をつけようとは思っていたが、ひとたび指を通せば自分のそれとはあまりに違う感触に、初めは嫌でも手付きが慎重になった。真っ直ぐ整えられた髪型ではないはずなのに、一本一本の髪の毛が全く引っ掛からずにするりと指から流れていくという感覚は、セットしていることを少し忘れて無意味に触れていたくなるほど心地良い。素人の自分がいきなりこれほどの上等な髪に触れるのは荷が勝ちすぎているとはわかっているが、撫でるように髪を整えてやると嬉しそうにする彼女を見ていると、自然とそのうち自分も緊張を忘れて楽しくなってしまっていた。
「美容室に行くとすぐ寝ちゃうんだよね。気持ちよくてさ」
「オーダーはどうするんだ?」
「あんまりしたことないや。動きやすくしてほしいけど、あとは適当でいいよって」
世の女性はたいそう嫉妬するだろうが、それも彼女らしいと思う。




6: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:12:21

「美容師さんは大変だろうなぁ」
「えー?」
「だってさ、こんな綺麗な髪をあとは任せるって言われたらどうしたらいいかわからなくなるだろ、ふつうは」
「そう?」
「そうだよ。だって俺が今そうだから」
「あー…そういえば終わったあとはいっつもいい汗かいてるかも、あの子」
親しみの籠ったその呼び方には、親密さと信頼が滲み出ていた。
「でも、やりきったって顔してる?」
「そうだね。そんな顔してた」
飾らない、遠慮もしない彼女に付き合うのは中々骨が折れるだろう。けれど、そんな彼女だからこそ、掛け値なしに自分を信じてくれているのが伝わってくる。彼女からの親愛という報酬を一度味わってしまうと、労苦も上質なスパイスに変わってくる。
その美容師の彼女のように。




7: 名無しさん(仮) 2023/03/26(日)02:12:39

「ほら、やっぱり上手だったじゃん」
「別に俺だって普段から気を遣ってるわけじゃないぞ。そういうの得意な奴はもっと──」
「そうじゃなくてさ。アタシのしてほしいこと、なんとなくわかってくれるから、ってこと」
きっと、今の自分のように。




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