【ウマ娘怪文書】いくら珈琲を飲んでいたとしても、休日の昼下がりの温かい陽気は眠気を誘わずにはいられない。隣にいる彼の温もりを肌で感じて、穏やかなピアノの音色に耳を傾けていれば、なおさら
2: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:54:33
彼に寄り掛かった拍子に、スマートフォンの画面がちらりと目に入った。何の気なしに目に留まった光景だが、少し気になって顔を近づけてみる。
彼が最近よく見ていた、通販サイトのウェブページだったから。私が来るとすぐに画面を閉じてしまうので、何を買おうとしているのだろうと少し気になっていた。
「…何か、欲しい物が…?」
それを聞いた彼が少しだけばつの悪そうな顔をするのを、私が見逃すはずもなくて。いけないことだけれど、何を買おうと考えているのかがどうしても気になってしまって、遠ざけられた画面を追いかけてしまう。
でも、彼がスイッチを押してしまえば、暗くなった画面には何も映らなくなってしまって。私は悶々とした想いを抱えて、彼の隣に戻るしかない。
私に内緒で、何を買おうとしているんだろう。どうしても気になって、今度は彼の顔を覗き込む。彼はしばらく悩ましそうに眉を顰めていたけれど、やがて何かいいことを思いついたように、にっこりと笑ってこちらに振り向いた。
3: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:54:52
「コーヒーメーカーを…?」
その言葉を聞いて不安が過るのは、きっと世界中を探しても私だけだろう。そう切り出した彼の表情が晴れやかであることも、何か嫌な予感がしてならなかった。
「うん。新しく買おうと思って」
私の不安を他所に、彼は本当にいい買い物をしたとでも言うように、嬉しそうに笑っている。
「…どうして…」
「徹夜で仕事してたりしても、カフェは付き合って珈琲を淹れてくれるよね?でも、いつもカフェにやってもらってばかりじゃ迷惑だろうし、トレーナー室にいる間くらいは休んでほしいんだ。
でも、自分で淹れる時間は勿体ないし、いっそ買っちゃおうかと」
4: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:55:09
最初に湧き上がったのは不安だったが、その答えを聞いて次に湧き上がってきたのは、どうしようもないほどの苛立ちだった。身体を起こして膝に乗ると、驚いたように彼は身を捩らせたけれど、そんなことをしても逃がしはしない。
向かい合って彼の目を見据えるように、首筋に手を添えて、私に振り向かせる。
「…そのコーヒーメーカーは…トレーナーさんの話し相手になってくれますか…?」
もしそんなものが本当にあったら、きっと私はおかしくなってしまう。トレーナーさんに珈琲を淹れて、一緒にお話しをするのは、私だけでいいのに。
「寒い日の夜に…一緒に寝てくれますか…?」
迷惑だなんて、思ってないのに。貴方に珈琲を淹れる度に、貴方と同じ時間を過ごす度に、私は幸せでいっぱいなのに。
「…同じ夢を見て、行きたい場所を目指してくれますか…?」
なのに、どうしてそんなことを言うの?
こんな醜い嫉妬を、何の躊躇いもなく顕にしてしまうくらい、私はあなたに夢中になってしまったのに。
それでも、私よりも。
その機械のほうが、いいの?
5: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:55:35
想いの丈を口にしてしまえば、ますます誰にもあなたを渡したくなくて。私の小さな腕の中に閉じ込めるように、せいいっぱいあなたを抱きしめてしまう。
そんな私は、やっぱりどうしようもないくらい子供で。そんなことをしても、あなたは少しも驚いてくれない。
「すごいなぁ。そんなすごいコーヒーメーカーがあるのか。
…でも、そのコーヒーメーカーにも足りないものがあるよ」
いつも通りの、優しい笑顔のままだから。怒りたくても、もう何も言えなくなってしまう。
「はい。
新しいサイフォン、欲しがってたやつ」
6: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:55:55
もう一度携帯の画面を見せられたときの私は、一体どんな顔をしていただろうか。彼には見てほしくなかったけど、きっとしっかり見られてしまっているに違いない。
不安と焦燥が、拍子抜けしたように一気に剥がれ落ちる。壊れてしまったからと、前に彼に話したのだっけ。
7: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)01:56:33
「届くまで秘密にしておきたかったんだけどね」
鏡を見なくてもわかる。きっと次はむっとした顔を、しっかりと彼に見られてしまったのだろう。
「大丈夫だよ。もうカフェの淹れるコーヒー以外飲めないから」
宥めるように微笑みながら口にする彼に、言い返してあげたいのに。
意地悪、って。
「…もう」
意地悪。
コーヒーメーカーなんて、はじめから買う気なんかなかったくせに。
でも、私の口は、そんな曖昧な言葉しか返してくれなくて。これからもずっと、あなたのそばにいられる喜びを噛みしめることを、優先してしまうのだから。