1: 名無しのアニゲーさん 2025/03/30(日) 20:43:07.61 ID:G6344CiJ0
https://blog-imgs-159.fc2.com/t/e/s/tesuto93/91zUVaRqJ9L_20250331081539s.jpg元SIE・吉田修平氏が語る「ゲーム業界の30年」その1:PS3は転機だった
(前略)
「NieRショック」が日本のゲームを変えた
世界市場で日本のゲームが苦戦していた、といっても、20代までの若い人にはピンと来ないかもしれない。特にここ数年は、日本のゲーム開発者による作品が世界でも高く評価されるようになり、大きな影響力を持つようになっている。
だが、2000年代後半から2010年代半ばまでは、日本のゲームは、他国になかなか拡がらなかった。
その状況を変えたのは「ある作品だったのではないか」と吉田氏は言う。
吉田:ゲームがリアルになり、ハリウッド的な作品が出てくるようになって、一時、PS3の時代に、日本のクリエイターが「海外でウケるものを作らなきゃいけない。ちょっと海外的なテイストのものを作ろう」とした時期があったじゃないですか。
でも結局、そこにオリジナルの文脈がないので、(海外市場から見れば)「なにこれ」という感じになって、うまくいかなかった。
そこで一気に状況を変えたのは、PS4時代になって出た『NieR:Automata』(2017年)だと思っているんです。
ヨコオ(タロウ)さんはもう、海外で売れる、売ることなんか全く考えずに作ったと思うんです。ところが、それがもう海外ですごいウケましたよね。
そこから、日本のクリエイターが「日本的なもの」を作って、それが海外でも売れる……ということが実績として出るようになった。
『NieR』でみんなそれに気づいた。
「それでいいんだ」ということだけじゃなく、「そうしないとダメなんだ、俺たちは」と。
だから、日本のクリエイターが「もう海外を真似するのはやめよう」「自分たちの文化、自分たちがわかっているものを作ったら海外でわかってくれる」という方向性になったんです。
私は『NieR』以前・『NieR』以後って言っていいくらい、『NieR』以降に日本のゲーム業界、復活したと思っています。単純化していえば、「日本的なものを作ろう」と気付かせてくれたのが『NieR』というタイトルだったんじゃないかと。
(全文はソースで)
https://av.watch.impress.co.jp/docs/series/rt/2001799.html