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【ウマ娘怪文書】穴に耳を通したお気に入りの帽子も、声も仕草も何もかも全てが、彼女がマチカネタンホイザであると示している。――ただ1点、大きく盛り上がった胸の膨らみを除いては。


1: おo○いの日 2024/08/01(木)19:39:02

「トレーナー、おっはようございまっす!今日も一日頑張りましょー!」
「ああ、おはようタン……ホイ……ザ?」ある朝マチカネタンホイザのトレーナーは、普段通り元気な挨拶をしてきた彼女の姿に強烈な違和感を覚えた。
無邪気な笑顔を浮かべたやや幼い顔立ちも、穴に耳を通したお気に入りの帽子も、声も仕草も何もかも全てが、彼女がマチカネタンホイザであると示している。

――ただ1点、大きく盛り上がった胸の膨らみを除いては。

「……どしたんですか?トレーナー。何かついてます?」
「……あ……いや……えっと」




2: 2/12 2024/08/01(木)19:43:53

その時トレーナーの脳は、胸以外の情報があまりにも普段通りの普通のタンホイザであったために、その大き過ぎる違和感を無理矢理抑えこんで消すという一種の防衛機制を取った。
「……なんでもないよ。ウォーミングアップ始めようか」
「アイサ!」――しかし当然のことながら、違和感はトレーニング中も膨らみ続ける一方だった。
「いっちにっ、さんっはいっ……」
体操で体を捻る度に、その巨大な塊は腕の奥で窮屈そうに主張を続け――
「はぁっ、はぁっ……よーしもう一周!」
コースを走ろうものなら、水風船のような躍動感でそれは上下に激しく揺れ――
「……いや、おかしいって」
――トレーナーの思考を現実に引き戻すのであった。

しかしトレーナーの困惑とは裏腹に、共にトレーニングに勤しむ彼女の級友達は誰もそのことに触れようとしなかった。
ノリが良くすぐにツッコミを入れそうなナイスネイチャも、冷静な判断力を持つイクノディクタスも、疑問はすぐに口から出そうなツインターボも、気にする素振りさえ見せない。






3: 3/12 2024/08/01(木)19:45:12

もしかして全員でドッキリでもしているのでは…と疑い始めたトレーナーは、休憩していたマチカネフクキタルのトレーナーに声をかけた。
「先輩、ちょっと良いですか……?」
「どうした?……顔色良くないぞ?」
「いや、その……タンホイザのことなんですけど……何か、変じゃないですか?」
「そうかな……?別に調子良さそうじゃないか」
「そういうことじゃなくて……その……胸が、大きくないですか?」
「……は?」
仲の良い先輩が初めて見せる唖然とした表情に心を折られそうになりながらも、トレーナーは言葉を続ける。
「だって、明らかに胸が大きいというか、タンホイザって……あんなに大きくなかったですよね?そうですよね!?」
「え、あ、そう……だったかな?なんかそういうイメージはあるけどな……はは……」
乾いた笑いの後に気まずい沈黙が流れ、しばらくしてフクキタルのトレーナーは呟くように言った。
「……たまには飲みに行くか?悩み事とかあったら聞くからさ……」
こうして、タンホイザのトレーナーは違和感を再び胸の奥に押し込めることを決意した――





4: 4/12 2024/08/01(木)19:46:59

――しかし程なく、そうも言っていられない事態が起きた。
「……やっぱり、何度測っても同じか」
タンホイザのタイムが、わずかに悪くなっていることに気が付いたのだ。
「胸の空気抵抗か、重量か、フォームへの影響か……」
理由は何にせよ、胸の大きさが普通だったころのタンホイザと比べて遅くなっているのは事実だ。小さな変化とはいえ、レースに影響が出るのであれば担当トレーナーとして黙っているわけにはいかない。
その日のトレーニング後、トレーナーはトレーナー室にタンホイザを呼び出した。
「お疲れ様ですトレーナー!話ってなんですか?」
ジャージをはち切れんばかりに押し上げるそれから目を逸らしながら、トレーナーは言葉を選びつつ話を切り出す。
「タンホイザ。最近、どこか体に違和感はないか?」
「へ?別に……いつも通り、って感じですけど。ご飯もちゃんと食べてるし、足の調子も悪くないし……ザ・普通!です」
「そっか……」
なんとなく予想していた答えを聞いて、トレーナーは意を決したようにタンホイザをまっすぐに見据えた。その真剣な表情に、タンホイザも小さく息を呑む。




5: 5/12 2024/08/01(木)19:48:35

「タンホイザ。最近、どこか体に違和感はないか?」
「へ?別に……いつも通り、って感じですけど。ご飯もちゃんと食べてるし、足の調子も悪くないし……ザ・普通!です」
「そっか……」
なんとなく予想していた答えを聞いて、トレーナーは意を決したようにタンホイザをまっすぐに見据えた。その真剣な表情に、タンホイザも小さく息を呑む。
「……最近走っていて、胸が邪魔に感じたりすることはないか?」
「……はい?」
「成長期だし、ウマ娘の体は急に変化することもある。それについて行けなくなることも。だからどうしても教えて欲しいんだ」
「…………」
「タンホイザ。胸が大きくなったよな?」




6: 6/12 2024/08/01(木)19:49:50

タンホイザはしばらく言葉に詰まり、やがて段々と頬を紅潮させながら、やや小さな声で話し始めた。
「……えっと、前からこんな感じですけど……あんまり変わってはいないんじゃないかなぁ……と」
「!……そう、なのか?……本当に?」
「えっ……」
その時、一瞬トレーナーの顔に過ぎった表情の変化を、タンホイザの目は見逃さなかった。そしてその後にタンホイザが見せた表情も――すぐに普段通りの笑顔に塗りつぶされたが――トレーナーの目には消えないほどに強く焼き付いていた。
それは、タンホイザがこれまで一度も見せたことのない表情だった。




7: 7/12 2024/08/01(木)19:51:02

「……あ、あはは!私って、何もかも普通ですけど、そんな私でもこれは個性だよね!って思ってたというか。胸にはちょっと自信あったんですよぉ、なんて……」
いつもと同じように明るく振る舞いながら、目線は少しずつ床へと落ちていく。そしてその先に自分の胸が来たとき、タンホイザは小さく呟いた。
「……トレーナーって、胸がおっきい子、嫌いなんですか?」
「!!いや、違う、そんなこと……」
トレーナーの言葉を遮るように、タンホイザは顔を上げてまくし立てた。
「うぁは、なんか変なこと言っちゃいましたね!ごめんなさいトレーナー!じゃ、じゃあまた明日!」
駆けて行く彼女の背中に、トレーナーは何も声をかけられず、一人立ち尽くしていた。




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