【ウマ娘怪文書】穴に耳を通したお気に入りの帽子も、声も仕草も何もかも全てが、彼女がマチカネタンホイザであると示している。――ただ1点、大きく盛り上がった胸の膨らみを除いては。


8: 9/12 2024/08/01(木)19:54:47

そして翌朝。
「トレーナー、おっはようございまっす!今日も一日頑張りましょー!」
「…………」
呆けた顔で固まるトレーナーを、タンホイザは少し心配そうに覗き込む。
「どしたんですか?トレーナー。なんか疲れてます?」
その顔も声も仕草も髪も耳も帽子も全てがいつも通りの普通なタンホイザだというのに、ただ一点――「タ……タンホイザ……その、胸……」

――胸の膨らみと言えるものが一切無い、そのなだらかな平面を凝視しながら、トレーナーは思わず呟いていた。




9: 9/12 2024/08/01(木)19:56:05

「あぇ!?む、胸!?……が、どうかしました?」
「も、もしかして、昨日の話が、話の、せいで……」
「……話?昨日?……何かお話しましたっけ?」
「えっ?」
きょとんとしたタンホイザの顔を見て、トレーナーはその裏に嘘や隠し事が全く無いことを直感的に悟った。そして今にも溢れてきそうな言葉を全て、無理矢理飲み込むことにした。
「……いや、なんでもないよ」
トレーナーも既に予想していたことではあるが、タンホイザの級友達はやはり彼女の胸について何も反応は示さなかった。ツインターボよりも薄いと思えるその胸は、それはそれで普通とは程遠いものだったが――誰も、何も言うことはなかった。




10: 10/12 2024/08/01(木)19:57:30

その日の休憩中、マチカネフクキタルのトレーナーは仲の良い後輩の顔を見てぎょっとした。
「……どうした?何かあったのか?」
「先輩……あの、タンホイザは、いつも通り……ですよね?」
「……ああ。そう見えるよ」
「……なら良かった。それなら、何も問題ないんです」
どこか安心したように笑う彼の背中を、フクキタルのトレーナーは黙って2、3度叩いた。――何も問題はない。タンホイザのトレーナーは、ここ数日のトレーニング結果を見返しながらその言葉を反芻した。
「やっぱり、少し速くなってるな」
空気抵抗か、重量か、フォームの影響か。何にせよ、わずかだが彼女の成績は良くなっている。胸が大きくなる前よりも。
「担当トレーナーとしては……嬉しいに決まってる」
噛みしめるように独りごちる。伏せた目には、あの日見た表情が未だに焼き付いたままだった。





11: 11/12 2024/08/01(木)19:59:10

「何も問題はない……けど、俺は……俺は」
夜の学園をふらふらと、何かを探すように歩いていた。そんな時だった。
「……タンホイザ?」
一瞬、見慣れた背中が曲がり角の向こうへ消えるのが見えた。
「なんでこんな時間に……」
慌てて追いかけると、その先にはこの学園を象徴するモニュメントがそびえていた。そしてその前には、ここで出会えるはずがない3人のウマ娘が立っていた。
「三、女神?」
「やあ子羊くん。……探し物はこちらかな?」
「……タンホイザ!」
彼女達の背後からひょっこりと現れたのは、異常な状況に似つかわしくないほど普通な雰囲気のウマ娘。
「あれ?トレーナー?どしたんですかこんな所で?」
「それはこっちの……!」
「……トレーナー?」






12: 12/19 2024/08/01(木)20:00:34

言いかけた言葉を遮るように、別の方向から声がかかる。同じ声、同じ顔、同じ帽子。違う点はただひとつ。
「あ、トレーナー!偶然ですねぇ……あれ?私なんでここに居るんだろ?」
そして声は3つに増える。3人の女神のそれぞれが、3人のウマ娘を連れて歩いてくる。
「ふふ、この先の流れはもうなんとなくわかるかしら?……あなたが追いかけてきたのは、この胸の大きいタンホイザちゃん?」
「それとも、このスレンダーなタンホイザか?」
「もしくは普通のタンホイザ?……さぁ、答えを聞こうか子羊くん?」「…………」
トレーナーはゆっくりと、3人のタンホイザの顔を見た。今日会って、夕方別れたばかりのタンホイザ。少し気まずそうに視線を逸らす、あまり元気のないタンホイザ。しばらく会ってなかったような気がする、どこか懐かしいタンホイザ。
一度目を閉じてしばらく考えた後、トレーナーは口を開いた。

「……もうちょっと近くで見てから考えても良いですか?」




13: 13/19 2024/08/01(木)20:03:32

「「「ふ、普通の反応……!」」」
3方向から同時に声が漏れる。呆気に取られる女神をよそに、トレーナーはタンホイザ達にちょいちょいと手招きをした。素直にトコトコと寄ってくる彼女達を改めて見回しながら、トレーナーは小さく呟いた。
「女神様、俺は……」「うひゃ!?」
「うわ!」
「わわ!」
その意図に女神達が気付くよりも速く、トレーナーは右手で細いタンホイザと普通のタンホイザの、左手で大きなタンホイザの体に手を回し、素早く自分の側に引き寄せた。
「俺は!マチカネタンホイザのトレーナーです!」
タンホイザに埋もれながらも発せられた力強い言葉に、女神達の動きが止まる。
「それがタンホイザなら、どんなに見た目が違っても俺の担当ウマ娘です!3人居るなら3人全員、俺が連れて帰ります!!」




14: 14/19 2024/08/01(木)20:04:20

彼の左手の中で、小さく肩が震えた。
「……ごめんタンホイザ。疑って、傷付けたよな」
「トレーナー……」
「君は君だってわかってたのに……君は俺の、一番大事なウマ娘なのに。謝れて良かった」
「!……もー!」
左手をぎゅっと引き寄せられる一方で、右手の中が賑やかになり始める。
「うわひゃー!なんだか普通じゃない雰囲気……!そっちの私とトレーナーの間に何があったんですか!?」
「うー、こっちの私もそっちの私も、なんだか個性あって羨ましいなぁ……!むーん!私だってぇ!」「……あはっ。そう来たか」
揉みくちゃにされるトレーナーを呆れたように眺める女神達から、ふと笑みが溢れる。
「全く欲深い男だ。欲深い者には罰が下されるのがこの手の話の常だが……」
「……正直者にご褒美が与えられるのも、この手の話の常よね?」
「そうだね。それじゃ、正直な君には全て差し上げますということで……めでたしめでたし」




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