【ウマ娘怪文書】ドリームジャーニーとの旅路が一区切りついた頃。競技者として、トレーナーとして次の一手を考えながら過ごす、比較的緩やかな時期。夜。私たち二人は、極端に煌びやかな劇場を前にしていた。
1: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:08:46
※女トレ:背と胸がでかめ
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ドリームジャーニーとの旅路が一区切りついた頃。競技者として、トレーナーとして次の一手を考えながら過ごす、比較的緩やかな時期。
夜。私たち二人は、極端に煌びやかな劇場を前にしていた。
「こんな場所が日本にあるんだ……」
「ええ。バレエやオペラに馴染みが無いと、なかなか知る機会はありませんよね」
ヨーロッパの国かジブリ作品から飛び出したような劇場は、暖色の光でVIPたちを出迎える。そう、VIPたちを。
周りを観れば、男性ならばタキシード、女性ならドレスといった出で立ち。隣のジャーニーはというと、漆黒のドレスに、黒の手袋という姿。制服、ジャージ、勝負服とも違う、吸い込まれそうなほどの大人らしさ。初見では思わずドキっとさせられてしまった。
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2: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:09:00
「本当によろしかったのですか?ここまで私についてきて」
「うん。さすがにちょっと緊張するけど、楽しみだよ」
そもそも、私が同席する事にジャーニーは最初乗り気でないようだった。二週間前の事。
『なに読んでるの?』
『これですか?オペラのパンフレット……オルと行く予定だったのですが、急用が入ってしまったらしく』
『そっか。……ねぇ、私ちょっと興味あるな』
『そう、ですか……ふむ』
考えてから『えぇ、行きましょう』の言葉が出るまでには、普段以上に時間が掛かった。
無理を言ってしまっただろうか。それでも、一度火のついた私の好奇心は抑えられないかった。オペラなんて観た事なかったし、なによりジャーニーについて行くといつも新しい世界を知れるから。
「貴方の用事の邪魔はしないから」
3: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:09:13
ジャーニーに「なるべくフォーマルな服装」が必要だと言われ、私も張り切ってドレスを用意した。深紅の、大胆に肩を出したやつを。
見せてもらう側なら、足手まといになりたくない。
「……はい。では、行きましょうか」
並んでセレブっぽい人たちに交じり、立派な階段を上る。もう一度ジャーニーの方を見た。
いつもと変わらない微笑みをただえた彼女は、まるで映画の中にいるように見えた。
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オペラというのは、一度開演すると途中からの入場はできないらしい。そのせいなのか、劇場には早めに足を運んでホール(本当はホワイエと言うらしい)で歓談、という事が起きるようだ。
「知り合いに挨拶しようと思います、少し待っていてくださいね」
4: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:09:28
頷く。ジャーニーにとってはこっちがメインイベントなのかも、なんて思う。
ここもかなり立派な空間だから、見ていて飽きないだろう。私はちょっと散策するよと言って、歩き出す直前。
「それとトレーナーさん」
離れる前にもう一度振り返って。
「くれぐれもお気をつけて」
それがどういう意味なのか、鈍い私にはピンと来かなった。
なんと今回はイタリア語での公演。外国からの観客も多い中、ジャーニーはものすごいペースで偉そうなおじ様方やマダムたちと握手をしたり、言葉を交わして笑い合っていた。一人一人丁寧に。彼女の人脈はこういう社交場で作られるのだろう……私より年下なのにすごい。関心せずにはいられなかった。
5: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:09:39
あくまで付き添いの私は離れて、柱の近くに立って、遠目に担当ウマ娘の仕事ぶりをうかがっていた。まるで彼女を中心に今夜は動いている、そんな風に見えるのは担当への贔屓か。
その時。
「コンバンワ、お嬢さん」
声をかけられるなんて思ってもいなかったので、露骨に驚いてしまった。振り向けば、背の高い男性。彫が深い外国人だった。
「あ、どうも……」
「オペラ、お好きなのですか?」
訛はあるけど聞き取れる日本語。どうしよう、上流階級らしい話なんて私にはできない……。
「い、いやその、なんというか初めて……」
6: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:09:51
なんて話す?いいタキシードですね?すごい腕時計ですね?落ち着いた男性を前に一人焦りだす私。
「ああ、大丈夫ですよ。」
声から有り余るほどの余裕を感じる。
「そうだ、S席が一つ余っています」
「へ……?」
「初めてでしたらご一緒にいかがでしょうか?」
そんな、急に、言われても。
「え、でも……」
「さあ」
7: 名無しさん(仮) 2024/07/15(月)21:10:07
差し出してきた手は大きい。待って。オペラだとこういうのが普通だったりするのだろうか?
「でも、わ、私……」
断らないと。でも、申し訳ない気持ちも出てくる。かといってこの押しの強さ、黙っていれば事が進んでしまう。
要するに、私にはヒーローが必要だった。
「おや。お久しぶりですねヘイワース卿」
切り込むような、だけど聞き慣れた声がした。
「こ、これはジャーニーさん……」
「ご親族の方々がお探しですよ?開演前に、合流なさっては。早いうちに」
いつもの冷静な物言い、いつもの微笑み。でも目は笑っていなかった。