【ウマ娘怪文書】この世のものとは思えない光景が目の前にある。俺は夢でも見ているのか。そして。「ダメだよ、トレーナーさん。ホントにダメダメ!」目の前でプンプンと怒り心頭な、俺の担当ウマ娘にそっくりな子は誰なのか。
1: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:31:42
「ここは……」
気が付いたら、見知らぬ場所に立っていた。
果てしなく広がる緑の平原。どこまでも続く星空。聞こえる音は駆け抜ける風の音だけ。髪も風に靡いている。なのに、肌には何も感じない。寒いとも暑いとも思えない。この世のものとは思えない光景が目の前にある。
ここは何処なのか。どうやってここに来たのかも覚えていない。俺は夢でも見ているのか。そして。
「ダメだよ、トレーナーさん。ホントにダメダメ!」
目の前でプンプンと怒り心頭な、俺の担当ウマ娘にそっくりな子は誰なのか。
2: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:32:36
アヤベと寸分違わず同じ見た目の少女。しかし、何故だか不思議とわかる。目の前の彼女は、アヤベとは違う存在だ。
「道を歩く時に自然と道路側を歩いたり、エスコートしてたのはマル。お姉ちゃんが好きそうな自然豊かなデートコースを選んだのはニジュウマル!」
そして何故だか、彼女に今日のお出かけの内容を批評されている。確かに俺はさっきまでアヤベとお出かけしていた。次のレースに向けての気分転換になると思って彼女を誘った。だけど、それはデートと呼べるのだろうか?
「でもカフェでコーヒーを頼んだのはバツ! 何でらぶらぶはちみーシェアを頼まなかったの?」
確かに、途中で寄ったカフェでアヤベが物珍しげに眺めていたメニューがあった。2本のストローがハートの形に絡み合ったドリンクだ。だけど俺とアヤベはアレを頼むような間柄ではないし、頼んだとしても、眉根を寄せて口をへの字にされていただろう。
「それにお姉ちゃんが何度も手を繋ぎたそうにしてたのに何で気付かないの? 手を開いたり握ったりして何をしてると思ってたの?」
「いや……その……?」
「それに! 何よりダメなのは──お姉ちゃんを置いて『ここ』に来ちゃったこと!」
3: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:32:57
アヤベを置いて、ここに。
「……あ」
やっと、思い出した。お出かけの帰り道。アヤベと並んで歩く途中に、トラックが横転して突っ込んで来て。俺は、咄嗟にアヤベを突き飛ばして、彼女を助けようと。
「もしかして、君は」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ。こんなにわかりやすい人、いないのに……」
やっと、目の前の少女の正体がわかった。でも今は、それよりも。
「アヤベは無事なのか?」
「……うん。ちょっと手のひらを擦りむいちゃったみたいだけど」
「……そっか……なら、良かっ……」
「良くない!」
4: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:34:57
アヤベの無事を知り、ホッと胸を撫で下ろそうとしたら怒鳴られた。俺としてはやるべき事をやったと思っているのだが──
「だめ! お姉ちゃんを置いて行くなんてダメダメだよ! どこまでもついて行くんでしょ!? 」
「……あぁ、そうだね。俺だって、そうしたい。ずっと、一緒に……でも、ここに来たってことは、俺は……」
目の前の少女が俺の思う通りの存在なら、俺はもう帰れない。
しかし彼女はふるふると首を振る。
「ううん。まだ、大丈夫……まぁ、私も最初はお迎えのつもりで来たけど……ねぇ、耳を澄ませてみて?」
──ドン、と何かを強く叩く音がした。風の音と目の前の少女の声しか聞こえなかったここで、夢のように幻想的な空間の中で、場違いな程に強く生々しく感じる音が響く。
5: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:35:55
「聞こえたよね? あなたを引き止める音」
──トレーナーさん! トレーナー!!
何も感じなかった身体が、ふわふわで温かいものに包まれていく。耳元で、誰かが俺の名前を強く呼ぶ声がする。
「だから、もうここに一人で来ちゃダメ。また来たら、蹴り返しちゃうんだからね」
「……わかった」
目の前が徐々に白くなっていく。
彼女にもっと伝えるべきことがあるのだが、その前に声が遠ざかっていく。せめて、彼女の声を聞き逃さないように──
「さっき言ってことも、忘れないでね? お姉ちゃん、夢見がちなんだから」
「……ん、うん……まぁ、参考にするよ──」
6: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:36:30
──強い胸の圧迫感。そして、口の中から肺の奥まで、温かい空気が無理矢理送り込まれてくるような苦しさで、目が覚めた。
「ごほっ!、がはっ……!」
「! 目を、開けた……!」
「……アヤベ」
むせ返るように息を吐きながら、目を開く。目の前には俺に跨り、胸に手を当てているアヤベ。彼女が俺を呼び起こしてくれたんだろう。
「ばか、ばか……どうして……! 私を、置いて行かないでよ……!」
「ごめん……」
アヤベが泣いている。ポロポロと頬を伝う熱い雫が、俺の顔に滴り落ちて弾けて行く。大丈夫だから、ありがとうと、手を伸ばしてそれを拭おうとして──腕が、上手く動かない。
7: 名無しさん(仮) 2023/05/09(火)23:38:04
「!! 息を吹き返したぞー!」「救急車もうすぐ着くって!」
近くで騒がしい声。首も動かせないから誰のものかはわからない。
腕どころか、全身の感覚が鈍い。きっと頭が興奮して感覚が麻痺している。もう少しして興奮が引いた頃には──地獄のような苦痛が待っているに違いない。想像するだけでも、顔が渋くなる。
「……もう二度と、あんなことしないで……!」
「それは……」
その言葉には頷けない。アヤベの命を守るためなら、多分また同じように身体が動いてしまう。だから、今ここで、俺が彼女に約束できることは。
「……約束するよ。二度と君を置いていかない。ずっと、ついて行く」
「……っ!」
何も感じられない今の身体でも、痛いほどに伝わってくるもの。
それは、アヤベの温もりと、背中のふわふわとした──