【ウマ娘怪文書】一バ身という距離を表す単位がある。その距離約2.5m。女神像のモデルとなったウマ娘が両腕を広げた長さと言われており、レース中のウマ娘同士の間隔を表す単位として使用されている。
2: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:01:54
最初は夢を見ているのかと思った。
トレーナー室で仮眠から覚めた時、妙に周りの物が大きく見えた。ソファやドア、机など身の回りの物が普段よりずっと大きくなっているのだから。
それが夢ではないと知った時、実際の物の大きさが違って見える病気──不思議の国のアリスを疑った。
そして──
「おはようございます、トレーナーさん♪ 今日もよろしくお願いしますね!」
「え……えっ!?」
大きなドアを開けて飛び込んできた大きな影──約一バ身の身体のダイヤに抱き上げられて、頬擦りされて。
理解だとか何だとか、そういったものが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
3: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:02:26
「……ど、ドッキリ……とか……?」
「? 何がですか?」
「いや、その……なんか、大きくない……?」
「?」
ダイヤはただ小首を傾げている。仕草も所作もいつもの彼女と変わらない。その大きさを除いて。意図はわからないが大掛かりなドッキリか何かではないか。そうであってほしいが──
「ねぇ、昨日のウマッターのトレンド見た?」「あ、知ってる。セガがロケット開発をね──」
──トレーナー室の前を通りがかった二人のウマ娘もまた、今のダイヤと同じくらいの身長をしていた。
「……な、なぁダイヤ。一バ身って、何だっけ?」
「? 約2.5mで、私達ウマ娘の平均身長ですよね?」
ごめん、ちょっと今日のトレーニングは休みで──その一言を告げて、寮の自室へと戻った。
4: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:02:59
戻る途中にすれ違うウマ娘達は、みな凡そ2.5m前後の背丈をしている。小柄なスイープトウショウやニシノフラワーですら、2m前後の背丈があるように見えた。
そしてその分、トレセン学園の施設も何もかもが大きくなっている。廊下も広い。まるで巨人のいる国に放り投げられたかのような気分だ。
夢だ。悪い夢を見ている。そうに違いない──自分にそう言い聞かせて、いつもよりも遥かに時間をかけて寮の自室へと帰った。
また眠って、目が覚めれば、元の世界に戻っていると信じて──
「おはようございます、トレーナーさん!」
──翌朝。ダイヤの巨躯に吹き飛ばされたドアの音で、目を覚ました。
5: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:03:14
「だ、ダイヤ!? 何がっ!?」
「昨日のトレーナーさんの様子がどうしても気になりまして……トレーナーさん! 今すぐ病院に行きましょう!」
昨日と変わらず2.5mの巨躯を、少し窮屈そうに屈めながら迫ってくるダイヤ。グイグイと迫ってくる大きな美少女の影に、少し腰が引けてしまう。
そして彼女は何か勘違いをしている。おかしいのは俺ではなくて、世界の方だ。
「ダイヤ、大丈夫! 俺は大丈夫だから!」
「いえ、ダメです! 手遅れになってからでは遅いんですから!」
「いや。それは──むぐっ!?」
6: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:03:34
何とかダイヤを止めようと説得を試みていたら、急に視界が真っ暗になった。顔が柔らかくも、どこかしっとりした温かさを持つ何かに埋まる。
「問答無用です! このまま連れて行きますから!」
そして背中にも何かが回され、身体が浮いて──ようやく、彼女に抱きしめられているのだと気付いた。
「むぐっ! むぐぐ──っ!!」
「さぁ、早く行きましょうっ!」
手足をジタバタさせることすら出来ず、ダイヤに連れて行かれる。
唯一自由なのは呼吸くらいで──それすらも、密着する柔らかいものから漂う仄かな甘い匂いで満たされていく。
「至急病院までお願いします!」
何か、車のドアが開くような音が聞こえた時には──すっかりと、全身がダイヤへと沈み込んでいくような感覚に溺れていた。
7: 名無しさん(仮) 2023/03/19(日)22:03:58
後日。
全身の検査を受けたが当然異常は見当たらず、単に疲れているのだろうと診断された。
その後、一週間ほど休暇を取らされたが──それだけの日付が過ぎても、世界が元に戻ることはなく。
「ふふ、久しぶりの温泉旅行。楽しみですね♪」
「あ、ああ……そうだね……」
サトノ家の送迎するリムジンに乗せられ向かう温泉旅館。
背中を預けるのは上等なシートではなく、柔らかく温かいダイヤの膝の上。太く大きな腕がシートベルトのように、俺を抱き締める。まるで、自分がぬいぐるみにでもなったかのような気分。
疲労と診断されてから、ダイヤは献身的に俺に尽くしてくれるようになった。四六時中密着されて、大きなダイヤの匂いに包まれる生活をすごしている。
お陰で大きなダイヤには少しずつ慣れつつあるが──
(俺……元に、戻れるのかなぁ……)
ウマ娘用レーンを駆け抜けていく巨影とすれ違う窓の外の光景に、溜息を吐くしかなかった。