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【デレマスss】木村夏樹「ファースト・パッセンジャー」


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:31:21.83 ID:TCAbkAPj0

――倉部さんでもやはり始めたばかりの頃は苦労されたのですね。しかし、後にプロになる人に教えてもらったからこそ、倉部さんの才能が開花したのかもしれませんね。

 そうかもしれません(笑)。確かに先輩の指導はすごく分かりやすかったですね。先輩はいろんな事情があって実際にプロになることは出来なかったんですけど、どこかでギターの先生とかをしていたら嬉しいな、なんて思っちゃいますね。




15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:33:22.82 ID:TCAbkAPj0


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 そう、木村先輩はプロにはならなかった。いや、なれなかった。

 あの生放送の数日後、木村先輩たちは今後の打ち合わせのためにレコード会社へ打ち合わせに行っていた。デビューはいつになるか、どんな曲を出すのか、どんな方向性を目指すのか、そんな話をしているのだろうか。

 昼過ぎには学校に来ているかと思っていたが、結局先輩たちが学校に来たのは放課後、部活が始まって少し経ったくらいの時間だった。どうやら打ち合わせというものは存外時間のかかるものらしい。

 先輩たちが帰ってきたことを聞くや否や、部員総出で出迎える。みんなレコード会社でどんなことを話したのか気になっていたらしく、しばらく先輩たちは質問攻めにあっていた。が、テンションの高い部員たちに対して先輩たちの顔は浮かない。そして、なぜか木村先輩の姿も見えなかった。

 他の部員がある程度満足したのか各々練習に戻り始めたタイミングで、俺も先輩たちに話かけた。

「打ち合わせお疲れ様でした。あの、木村先輩ってどこに行ったんですか? バイクもないみたいですけど……」

「夏樹は……すまん、俺たちも分からない。打ち合わせが終わった後、一人でどっかに行っちまった」

「何かあったんですよね? 先輩たちもそんなに嬉しそうじゃないですし」

「ま、お前はずっと夏樹にべったりだったし気になるよな。ずっと黙ってられることじゃないし、倉部なら言ってもいいか。ただ、他の人にはまだ言いふらすなよ」

 先輩たちから聞いた事情は、俺には信じがたいものだった。あまりに信じられなくて、仮病を使ってそのまま部活を早退して、自宅とは反対方向の電車に乗り込んだ。




16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:33:52.15 ID:TCAbkAPj0

 いつかの自然公園は交通の便がかなり悪いらしく、電車とバスを乗り継いでやっと到着した頃には夕暮れ時もそろそろ終わりという時間になってしまった。人通りはほとんどなく、駐輪場には青いバイクが一台だけ。やはりここにいるという直感は当たっていたようだ。

 街灯を頼りに人影を探すと、あの時と同じ場所で座り込む木村先輩がいた。

「木村先輩!」

「来んな!」

 木村先輩は俺の方を振り返らずに叫び返す。ライブの時のシャウトとは明らかに違う迫力があった。本当に来ないで欲しいという気持ちが溢れている。

「いや、もう暗いし危ないですよ! 帰りましょう!」

「いつ帰るかなんてアタシの勝手だろ! 大体なんでアンタがこんなところに来るんだよ!」

 あんなに優しかった木村先輩が初めて理不尽に怒鳴った。それでも引き下がるわけにはいかない。






17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:34:17.12 ID:TCAbkAPj0

 木村先輩がバンドを脱退した。それが先輩たちから聞いた事情だった。

 打ち合わせ場所には、生放送の時にもいた音楽プロデューサーの他に、若い女性がいたらしい。そして先輩たちが席に着くや否や、メジャーデビューをするための条件を提示されたという。

 「木村夏樹の脱退」と、「同席している女性ギタリストを新しく迎えること」の2点。これを飲まない限りデビューはさせてくれないとのことだった。




18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:34:44.61 ID:TCAbkAPj0

「先輩たちから全部聞きました! 俺にはなにも出来ないかもしれないけど、でも居ても立ってもいられなくて……」

「その通りだ! アンタにできることなんかひとっつもないんだからさっさと帰れ!」

「いつ帰るかなんて俺の勝手です!」

「ああそうかい、じゃあアタシのことも放っといてくれ!」

「なんでバンド辞めちゃったんですか!?」

「放っとけって言ってるだろ!」

「放っとく訳ないじゃないですか!」

「……じゃあ言うけど、アンタは『アタシの実力が足りなかったから』って言ったところで納得すんのかよ!?」

 初めて木村先輩がこちらを振り向き、初めて聞く木村先輩の震えた叫び声が響いた。あたりはすっかり日が落ちて真っ暗闇だ。街頭の薄明りだけではどんな顔をしているかは分からないけど、想像するのは簡単だった。

「そんなはずないです! だって先輩はあんなにカッコいい演奏ができて、いろんなバンドを知ってて、教えるのも上手で、俺が軽音楽部に入ったのも木村先輩に憧れたからなんですよ!?」

「……ギターってのはある程度弾ければ誰でもカッコよく見えるもんなんだよ。アタシだって歴だけは長くやってきたんだから分かってたさ、アタシくらいの実力じゃプロになれないことくらい」

「そもそも、その新しいギターってのは何者なんですか!? そんな得体のしれない人が急に入って先輩たちは本当に納得したんですか!?」

「最初は納得なんかしてなかったさ。でも、一回そいつの演奏を聴いたら考えが変わったよ。アタシにゃ敵わないってさ。他の奴らも同じように思ったみたいだったよ。もちろんアタシに気を遣って手の平を返すまではしなかったけど。でもさ、アタシが抜けるだけでみんなの夢が叶うんだ。だったら抜けてやるのが仲間ってもんだろ?」

「でも先輩の夢が叶ってない! きっと今からでも話し合えば先輩もメンバーに残ったままでデビューできる道だって見つかりますから!」

「夢だけじゃプロにはなれないんだよ。元々アタシはプロになれる実力なんて持ち合わせちゃいなかったんだ。アンタも憧れるならアタシ以外にした方がいい。もっと上手い人なんていくらでもいるんだから」

「でも……」

「今更どうにかしようって言ったって、もうどうにもならないんだよ。アタシももう帰るから、アンタも諦めな」

 そう言い残して木村先輩は立ち去った。”もう”どうにもならないと言っている時点で納得しているというのは嘘なのだろう。先輩の後ろ姿は、いつものカッコいい木村先輩とは少し違って見えた。




19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:35:14.52 ID:TCAbkAPj0

 先輩が帰るのならば俺がここに居座り続ける意味もないのでバス停までの一本道を歩き始める。

「おい!」

 しばらくすると、急に声を掛けられた。振り向くとそこは駐車場で、ヘルメットを被った木村先輩がバイクに跨っていた。

「早く来いって。置いていくぞ」

 どうやら俺を待っていてくれたようだ。俺に投げつけてきたヘルメットは、雨が降ったわけでもないのに少し濡れていた。跡が残らないように服で水分をふき取ってから被る。後部座席に座るとエンジンが付いた。

「……バイクってうるさいですね。こんなのに乗ってたら先輩が独り言言ってても後ろの俺には聞こえませんね」

「……1年坊主にそんな生意気なこと言われる筋合いはないよ」

 言い切るや否や発進した。エンジン音に紛れて先輩が何かを叫び始める。ただ、一つ忘れていることがあった。

 やっぱり俺は耳が良いらしい。努めてエンジン音に集中することにした。

 出発した時には気が付かなかったけど、学校に着く頃になると木村先輩からはいつか後部座席に乗った時と同じ、良い匂いがしていた。





20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/09/15(水) 22:35:42.52 ID:TCAbkAPj0

 翌日から、木村先輩は部活に来なくなった。顧問の先生に聞くと退部届が提出されたらしい。部室からは誰も知らない間に木村先輩の荷物が無くなり、空いたスペースはすぐに他の人によって占領された。

 教室に押しかけてもう一度話をしようとしたけど、何度通い詰めても教室から出てくれることはなく、俺の休み時間だけが消費されていった。

 そんな生活を繰り返していると、ある日の休み時間、楽譜を読み込んでいる様子が教室の外から見えた。まだ音楽を続けているようで安心したのをよく覚えている。それならば俺がしゃしゃり出る必要もないと思い、教室通いはその日でやめにした。毎回先輩に取り次いでくれる強面の2年生にも申し訳なくなってきていたところだったし。

 それからは本当に練習しかしなかった。友達と遊びに行ったり、テレビを見たりすることはほとんどなくなったし、勉強に関してもそれはもう全然しなくなって、赤点なんて数えるのが面倒になるくらい取ったけど、そんなことよりもギターが上手くなりたかった。上手くなって、先輩に部活辞めたことを後悔させてやろうと思っていた。なんで俺が上手くなると先輩が後悔するのかは分からないけど。

 俺が2年生になると、木村先輩の青いバイクが学校に来ることが急に減った。噂に聞くと、スーツの男や緑の服を着た女と一緒にいることがよく目撃されているらしい。新しいバンドメンバーだろうか? 本格的に活動を再開してくれたようで嬉しかったし、学校を休んでいる理由に関してもバンド活動が上手く行っているんだろうと思って深く考えることはなかった。




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