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【ぼざろSS】ふやけたページ (13)(完)


8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:38:24.61:G7tB3fi30 (8/13)

「あーもーわかった。何があったかは言わなくていいから、これだけは教えて。リョウは昨日ぼっちちゃんと会ったの?」
「……会った」
「やっぱりか……じゃあリョウ絡みなんだね、ぼっちちゃんが休んだの」
「新曲づくりで何かあったんですかね……まさか、喧嘩でもしちゃったんですか?」
「うーん、でもぼっちちゃんが誰かと喧嘩になるような姿って想像できないんだよな~。リョウが相手だとしても」
「ですね~、喧嘩に到達する前にしゅわしゅわ溶けちゃいそうですし」

 昨日のあれは、喧嘩ではないと思う。
 けれどリョウは、自分がひとりを傷つけてしまったのだという悔いに囚われていた。
 もっと考えて発言すべきだった。もっとちゃんとフォローしてあげるべきだった。
 何よりも、まずはひとりが一生懸命考えてきた歌詞を、もっと褒めてあげるべきだった。
 ひとりに言いたいことがたくさんあるのに、今ここにひとりはいなくて、メッセージを送ってもきっと読んでもらえなくて。
 不安や後悔がぐるぐると頭の中を駆け巡り、フレットを抑える手の握力すら失われていく。
 そんなとき、虹夏が腕組みを解いて背伸びしながら呟いた。

「んー、こうなったら行ってみる? ぼっちちゃん家」 
「え、今からですか?」
「だって心配じゃん……リョウもそうだけど私も落ち着かなくてさ」

 まだスタジオに入ってほとんど経っていないため、確かに時間はある。
 金沢八景にあるというひとりの家まで、片道約2時間。
 虹夏も居ても立っても居られないらしく、早々に荷物をまとめはじめていた。

「様子見に行って、大したことないならないで安心できるでしょ?」
「そうですね……結束バンドの一大事かもしれないですもんね! 今からならギリギリ行って帰ってこれると思いますし、私も親に連絡して……」
「ま、待って」

 気づけば、リョウは虹夏と郁代の肩を掴んでいた。

「……私が行く」
「リョウ……」
「私が行かなきゃ、ダメだと思う……虹夏たちは、待ってて」
「でも先輩とひとりちゃんの間に何かあったのなら、ここは私たちが行った方が……」
「大丈夫、私だけでいい」

 珍しく強く主張するリョウを見て、虹夏も何かを察したようだった。
 こういうときは決まって面倒くさがり、理由をつけて着いてこようとしないリョウが、真剣な目で「一人で行く」と訴えている。
 虹夏は荷物をしまう手をとめ、リョウの方に向き直り、その手を握った。

「……じゃあ、行ってきて」
「!」
「何があったか知らないけどさ……ばしっと解決してきなよ。後悔してるんでしょ?」

 まるで親のような優しい目。その一方で、虹夏が手を握る力は思いのほかしっかりと力がこもっていた。
 「お願いね」と言われているような気がして、リョウはハッとなった。

「ほら、行ってこい!」
「う」

 虹夏にぺしっと背中を叩かれ、その勢いのままに荷物を拾いつつリョウはスタジオを飛び出した。
 そのうしろ姿を、郁代が不安気に見つめる。

「だ、大丈夫でしょうか……」
「まあ今回のは二人の問題みたいだしねー……私たちが余計なことするより、当人同士で話し合わせた方がいいでしょ」

 虹夏も郁代も、どちらかというと音信不通のひとりより、リョウの動揺ぶりの方に驚かされていた。
 特に虹夏は、長い付き合いのリョウがこんな状態になっているのをほとんど見たことがなくて、何があったのかはわからないが、とにかくただならぬことが起きているのだろうということだけは察していた。
 けれど同時に、二人は絶対大丈夫だという確信もどこかにあった。

「リョウとぼっちちゃん、ああ見えて感覚近いというか、息合ってるし。きっと仲良くなって戻ってくるよ!」
「……そうですね。先輩も心ここにあらずでしたけど、最後はなんだか頼もしく見えましたし。今は二人を信じましょう!」

 郁代がそう言ったところで、スマホが鳴った。
 見ると、リョウからのメッセージが。

[ぼっちの家どこにあるか教えて]

「……だ、大丈夫なんですよね……? 信じていいんですよね!?」
「う、うん……」




9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:40:06.96:G7tB3fi30 (9/13)

 片道2時間というのは少し盛っているのではないかと思っていたが、あながち間違いでもなかったようだ。
 初めて乗る電車、初めて降りる駅。郁代から送られてきた座標情報をもとに地図アプリとにらめっこしながら、リョウは初めて降り立つ金沢八景の地をウロウロとさまよっていた。
 中途半端に電車を乗り継がなければいけなくて、帰宅ラッシュに重なったせいでその間まともに座席に座ることもできず、目的の駅に到着するまでにかなりの体力を奪われてしまったリョウ。
 しかも駅からまたそこそこの距離を歩くようで、こんな距離を毎日往復して学校まで通っているなんて、とてもではないが信じられなかった。自分なら将来のアテなど決めないうちに中退を選んでしまいそうだ。
 だが、昨日もひとりはこれと同じ時間をかけて、歌詞を見せるほんの数十分のためだけに、自分が気まぐれに指定した下北沢のカフェまで来てくれたのだ。そう考えると、こんなことで根をあげている場合ではないと思えてくる。

「あ……」

 郁代から教えてもらった座標の家が、目の前に迫ってきた。
 見た目にはごく普通の家。表札にはきちんと「後藤」と書かれている。
 深く呼吸して上がっていた息をととのえ、インターホンを押そうとしたが、少し躊躇してしまった。
 ほとんど勢いでここまで来てしまったが、ひとりに何を話せばいいか、まったくまとまってない。
 というか知らない人の家のインターホンを押すという経験に乏しすぎて、勝手に手が震えてくる。事前に連絡とかせずにいきなり訪問していいのだろうか。けれどひとりに電話をしても電源は切れているらしいし、連絡をとることはできない。まずはインターホン越しに挨拶し、ここまできた事情を説明しなければいけない。片道2時間もかけて来て、最後の最後に待ち構えていた関門を前に、リョウの帰りたさゲージは急激に上昇していった。
 しかし、ひとりのことを思えば……虹夏と郁代のことを思えば、こんなところで帰るわけにはいかない。
 及び腰になりながらおそるおそる手を伸ばして、リョウはインターホンを押した。

[はーい]
「あっ、あの……山田と言います」
[えっ?]
「えーと、ぼっち……じゃなくて、ひとり……さんの、その、友達……と言いますか」
[あっ、あーあー! ひとりちゃんのバンドの! ちょっと待っててくださいね、すぐ行きますからっ]

 ぷつりとインターホンが切れる。
 リョウは自己紹介すらまともにできない自分の情けなさに打ちのめされていたが、とりあえず逃げずにインターホンを押せただけで上出来だと強引に自分を納得させた。
 応じてくれたのはひとりの母親のようで、家の中からぱたぱたと音がしたのち、がちゃっと玄関を開けて迎えてくれた。

「まぁまぁいらっしゃい! こんなところまで来てくださってありがとうございます~。さ、どうぞ上がって♪」
「お、お邪魔します……」

 玄関に上がらせてもらうと、奥の方からひとりの父親、妹、そして犬までもが爪音をカチカチさせながらやってきた。
 途端にリョウが苦手とするアットホームな雰囲気に包まれてしまう。

「わっ、本当におねえちゃんのバンドの人だー! えーっと確かー……」
「ベース弾いてた子だよね。遠いところをわざわざありがとう」
「あー、べーすってあの “じみ” なやつだ!」
「ぐっ」
「こらこらふたり、ベースはバンドに欠かせない重要な楽器なんだぞ?」
「ワン!」

 このちびっこには確か前にも同じようなことを言われ、ヘッドホンを装着して洗脳工作を図ろうとしたことがあったような気がする。どうやら効果は出ていなかったようだ。

「あの~、ところで今日は……ひとりちゃんと遊ぶお約束でも?」
「あ、いえ……約束はしてなくて」
「あらあら、そうだったの」
「ぼっ……ひとりが、今日学校を休んだって聞いて、それで……」
「まぁまぁ、心配して来てくださったのね。でも実は風邪とかじゃなくてね、ちょっと今日はどうしても行けないって言ってて~……」
「大丈夫です。事情はわかってます」

 リョウはそう言って、後藤家の面々の間をかき分け、ひとりの部屋へと向かって歩き出した。
 すぐに「あ、そっちはリビングだよ」と後藤父に訂正され、階段を上るよう案内される。

「ひとり、ここ最近作詞の作業に集中してるみたいでね、ご飯もロクに食べてくれなくて……」
「……」
「やっと出来上がったって昨日家を飛び出していったはずなんだけど、またすぐに戻ってきて、閉じこもっちゃって……でもお友達が来てくれたなら、元気出ると思うんだ」
「は、はい」

 和室の前に案内され、後藤父たちは空気を察してくれたのか、すぐに下へ降りて行った。
 ――とうとうここまで来ることができた。
 
(この奥に、ぼっちがいる……)

 リョウは一息つき、意を決してふすまをぽすぽすとノックした。




10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:42:27.94:G7tB3fi30 (10/13)




 そんなわけない。
 そんなはずない。
 こんな平日のこんな夜遅くに、こんな遠くの家まで、片道2時間もかけて来るわけない。
 しかも虹夏でも郁代でもなく、リョウがこの家に来るなんて。
 そんなこと、絶対にあるわけない。
 だが、部屋の真ん中で布団をかぶって震えていたひとりの背後で、ふすまがぽすぽすとノックされた。

「……ぼっち?」

 どきんと胸が縮み上がる。
 それはまぎれもなくリョウの声だった。
 階下からわいわい聞こえてきた家族の喧騒の中にリョウと思しき人の声が混じっていたことに驚愕し、最後まで自分の耳を疑っていたが、この声は本物だ。
 今、ふすまの前にはリョウがいる。
 本当に、本当に来たのか。
 頭まですっぽり覆っていた毛布をばさっと脱ぎ捨て、ゆっくりと後ろを振り向く。
 すーっと開いた戸の奥、暗い部屋から見える明るい廊下の中に立っていたのは、やや頬を上気させた、制服姿のリョウだった。

「りょ、リョウ先輩……っ」
「ぼっち……!」
「きゃっ」

 リョウはふすまを閉めるのも忘れてひとりの背中に抱き着き、ひとりはその勢いに押されてこてんと布団に倒れた。
 あわてて体を起こそうとするひとりだったが、リョウがさらにしがみつくように腕を回してくるせいで起きられず、結果として布団の上でもちゃもちゃと抱き合うような形になってしまい、ひとりはとにかく恥ずかしくて、観念して大人しくするしかなかった。
 もうどこにも逃げ場なんてないのに、まだどこかに逃げてしまうと思っているのか、リョウはひとりを抱きしめる腕をなかなかほどかなかった。その呼吸は少し荒い。きっとここまで、この家だけを目指して一生懸命歩いてきたのだろう。リョウがそんなことをするなんていまだに少し信じられなかったが、心の器にじわじわと温かいものが流れ込んでくるようなありがたさを、ひとりは感じていた。

 やがて体力が回復してきたのか、リョウがやっとこさ身体を起こし、ひとりも同じようにして布団に座り直す。薄暗い部屋の中ではあったが、ひとりは久しぶりにリョウの顔を間近でちゃんと見たような気がした。
 そのとき、リョウの手が、布団のそばに落ちていた何かにかさりと当たった。

「これ……」
「あ、はい……ノートです」
「……書いてたの? ずっと」
「は、はい……」

 昨日ひとりがリョウに見せた歌詞ノート。
 今の二人にとって、ある意味すべての元凶とも言えるノート。
 ひとりは昨日リョウと別れてからずっと、この薄暗い部屋の中で歌詞を考え、ノートと向き合っていた。

「で、でも……ごめんなさい」
「……」
「あの……歌詞、まだ全然……できてない、というか……な、直ってないんです……」
「ぼっち……」
「せ、せっかく来ていただいたのに……ほんと、すみません……」

 ひとりはまた昨日のように頭を垂れ、弱々しくリョウに謝る。
 リョウはノートを布団の上に置いたまま、しゅらしゅらとページをめくった。
 だが、後の方に進むにつれてどんどんページがめくりづらくなってくる。
 ノートを手に取って、一番最後のページをぺりっと開いたとき、リョウは驚愕した。

「っ……!!」

 そこに書いてあったものは、昨日カフェで見せてもらったものと同じもの。
 書いては消してを繰り返し、ところどころが黒ずんでしまっているページ。
 何よりもそのページは、いくつもの涙を染みこませ、波打つようにふやけてしまっていた。
 昨日カフェでぱたたと落とした涙だけでは、こんなことにはならない。
 ひとりは……このページを前に、ずっと泣いていた。

「す、すみません……ほんと、一文字も……直ってないんです……」
「……」
「何度も消して、違う言葉に変えようとしたりしたんですけど……やっぱり、今のままの方がよかった気がして……変えられなくて……」
「……いい」
「えっ」
「直さなくて、いい……」

 かさかさのページを撫でつけながら、リョウはそっと呟いた。
 そのときひとりは、廊下から差し込む光を取り込んで小さく光った何かが、リョウの手元にぱたりと落ちたのを見た気がした。





11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:45:10.40:G7tB3fi30 (11/13)

「リョウ先輩……」
「っ……」

 ひとりは思わずリョウの手を取る。
 華奢で繊細な手。すべすべで、自分よりも少しだけ冷たい手。
 その手を温めるように包み、緊張する心と向き合い、ぽつぽつと言葉を紡ぐように話した。

「――こ、この歌詞は……昨日言われたとおり、先輩のことを意識しながら書いたものです……」

 リョウ先輩の雰囲気から浮かぶ言葉。
 リョウ先輩に似合うような言葉。リョウ先輩が好きそうな言葉。
 私がリョウ先輩に想っているいろんな気持ちを、一生懸命詰め込みました。

「でも、先輩に言われて……先輩のことを意識しすぎちゃって、聴く人のことを考えてなかったって気づかされて……本当にそうだと思って、反省しました」

 帰りの電車の中で痛感し、すぐにでも家に帰って直さなきゃと思いました。
 でも家に戻ってノートを広げて、いつもどおりに歌詞を考えてみても、全然いいものが思い浮かばないんです。
 スマホの電源も切って、布団をかぶって何もかもを遮断して、自分だけの世界に入ってみても、だめなんです。
 もう先輩のことは意識しちゃだめだ、って思いながら考えた言葉が……全然いいと思えないんです。

「先輩……今回の曲……」
「……」
「リョウ先輩のことを意識しながら書いた、っていうのは……そういうテーマを決めたわけでも、ふざけてやったわけでもないんです」

 ――私が、書きたいから書いたんです。
 先輩が好きそうなものとか、先輩がいいと思ってくれそうなもの。
 そういうのは全部、私にとってもいいものなんです。
 先輩が気に入ってくれそうな言葉を考えるのは、すごく楽しいんです。
 先輩に褒めてもらいたくて、先輩に気に入ってもらいたくて、先輩の笑顔を見られたらって思うと、私はどこまでも一生懸命になれたんです。

「聞いてくれるたくさんの人のことなんて……正直、どうでもよかったんです……」

 リョウ先輩にさえ見せられれば、それでいい。
 リョウ先輩にさえ刺されば、それだけでいい。
 ――これが今の私の、飾り気のない、本当の想いなんです。

「ごめんなさい……ごめんなさい、リョウ先輩……っ」
「……」

 ひとりはリョウの腕をぎゅっとつかみ、ぽろぽろと涙をこぼしながら謝り続けた。
 その小さな頭を抱き寄せ、リョウも肩を震わせる。
 
 リョウには、ずっと信じられないことがあった。
 ひとりがそこまで自分のことを想ってくれるなんて。
 自分のために歌詞を書いてくれることがあるなんて、信じられなかった。
 けれど、胸の中に飛び込んできてくれるひとりの温かさが、ぎゅっと握った手の温かさが、自分の勘違いをじわじわと壊していった。

 「ひとりらしさ」が消えているなんてとんでもない。
 今回の歌詞は、どこまでも「ひとりらしさ」を突き詰めて生み出したものだったのだ。
 たった一人の人間にさえ刺さればいいと思いながら、極限まで想いを詰め込んだ歌詞。
 確かにしっかりと心に刺さっていたのに。
 目を背けてしまっていたのは、自分の方だった。




12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:45:52.91:G7tB3fi30 (12/13)

「私……この歌詞がいいんです……」
「ぼっち……っ」
「この歌詞じゃなきゃ……嫌なんです……っ」

 “自信作のページ” に何度も染みこんだ涙は、ひとりの想いの強さを表していた。
 ――直したくない。これがいい。
 先輩のことを意識しないなんて、そんなのできるわけがない。
 自分の気持ちに嘘をついても、本気で感情をぶつけて作ったものに勝てるわけがない。
 「リョウに褒めてもらいたかったページ」と向き合いながら、ひとりはずっと苦悩していた。

 リョウはひとりの頬に手を寄せ、親指の腹で涙を拭いながら、ひとりに謝罪した。
 今までずっとひとりの作る歌詞を見てきて、ひとりのことをわかったつもりになっていたこと。
 そんな時間を通して、結束バンドとして一緒に過ごす日々を通して、少しずつひとりの中で変わっていったことがあったのに、気づいてあげられなかったこと。
 ひとりの中にいつの間にか「自分」が入り込んでいて、ひとりは一生懸命想いを伝えてくれていたのに、それを信じてあげられなかったこと。
 本当は心の奥底まで深く刺さっていたのに、ひとりの歌詞をすぐに褒めてあげられなかったこと。
 リョウは自分の想いを言葉にして話すのは苦手だった。それはひとりも同じだった。けれどひとりはいつも、自分に対してだけは無防備な心をさらけ出し、心の思うままに歌詞を書いて、見せに来てくれた。
 だから、今度はこっちが伝える番。
 たどたどしくなっても、嗚咽に負けてしまっても、ちゃんと伝えなきゃ。

 廊下の明かりもいつの間にか消され、月明かりだけが射し込む薄暗い部屋で、二人は泣きながら想いを交わし合った。
 手を重ねて、心を重ねて、気持ちを擦り合わせて、ひとつになって。
 布団にぽすんと倒れ込んで、それでも相手を離したくなくて、そのままずっと一緒にいた。
 窓の向こうに広がる夜空。そこに浮かぶ小さな星を二人で見ながら、いろんなことを話した。
 
「ぼっち……私、ずっと思ってることがあった」

 ぼっちがこうやって歌詞を私に見せてくれるのは嬉しいけど、
 私が良し悪しを判断して直させたりしたら、それは「ぼっちの歌詞」じゃなくなっちゃうんじゃないかって。
 でも、ぼっちの歌詞はいつも、ぼっちのひとりよがりでは書かれてない。
 メロディなんてつける前から、「結束バンドのために」っていう思いが、ちゃんと感じられる。
 だから私も、私の好みどうこうじゃなくて、結束バンドのためになればって思いながら、チェックさせてもらってる。
 ぼっちと私が目指してるのは、一緒なんだよ。
 私が言う意見は、全部正解じゃない。だから私の意見に対してぼっちが思うことがあったら、今日みたいにどんどん言ってほしい。
 そうやって、これからも一緒に頑張っていけたらなって、思ってる。

「虹夏と郁代をびっくりさせるくらいいい曲……作っていこ」
「……」

 会話の途中から、ひとりは寝てしまったようだったが、それでもリョウは最後まで話した。
 ひとりだけでなく、自分にも言い聞かせるように。ひとりの気持ちからも、自分の気持ちからも逃げないように。
 そして、寝たフリをしていたひとりも、疲れ切って眠ってしまったリョウの手をとり、感謝の気持ちを送り続けた。
 やっぱり、リョウは優しい人だ。

――――――
――――
――





13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2023/02/21(火) 20:46:51.13:G7tB3fi30 (13/13)

 片道2時間の通学路。
 当然、その所要時間に対応できる程度には、後藤ひとりの朝は早い。
 そして、通学というものに対してそこまで時間をかける感覚がすでに信じられないリョウは、後藤家の生活リズムに合わせられない朝を迎えていた。

「りょ、リョウ先輩、学校送れちゃいますよ……!」
「ううん……」
「わー、おねえちゃんが誰かを学校行かせようとしてるの初めて見た~。いつもは自分が行きたくないって言ってるのにね!」
「ふたり!」
「あはは、怒られた~♪」

 ぼさぼさの髪を梳かし、顔を洗って泣きはらした目を戻し、ギリギリの時間に家を出発して、二人はなんとか電車に乗ることができた。
 通勤通学の人が多い時間帯ではあるが、それでも座席の空いている車両を見つけ、リョウと並んで一緒に座ったひとり。
 自分の家から誰かと一緒に学校に行ける日が来るなんて思ってなくて、しかもそれがリョウであることが嬉しくて、休み明けの学校に行くのは憂鬱なはずなのに、どこか晴れやかな気持ちだった。

「あっ、そうだ……」
「……?」

 ひとりはバッグをごそごそと探り、ノートを取り出してリョウに渡した。
 最初に見せたときのショックを吹き飛ばすくらい、昨日の夜、何回も何回もリョウに褒めてもらった歌詞ノート。

「い、インクがいっぱい滲んじゃってたので……さっき起きてすぐ、一応清書し直したんです」
「……ありがと。でも、もうほとんど覚えてる」
「え……」
「初めて読んだ時から、好きだったから」
「っ……」

 ひとりは赤くなった顔を見られないようにノートに顔を落とし、そしてそれをリョウの膝の上にすっと乗せた。

「こ、今度は……リョウ先輩の番、ですよね」
「……うん」
「先輩なら……絶対に良い曲をつけてくれるって、思ってます……」

 ところどころページがふやけて、小口がわやわやと波打ち、少しだけ分厚くなってしまっているノート。
 リョウはそれを両手で受け取り、自分のバッグにしまう前に、思い出したかのように呟いた。

「そういえば……ぼっちはいいの?」
「えっ?」
「この歌詞……虹夏と郁代にもあとで見せることになるんだけど」
「……」
「ていうか私が曲つけたら、今後何回も郁代に歌ってもらうことになるんだけど」

 初めて聴く人はともかく、ほとんどラブレターのような歌詞になっていることに、虹夏あたりは確実に気づくはず。
 その可能性を指摘され、まったくもってそんなことを考えていなかったひとりは、みるみるうちに顔を赤くさせた。

「だっ……だ、だだだだめですね! やっぱりダメですね!」
「えっ」
「すっすみません、今になってやっぱり直したくなってきました! 返してください!」
「えー……昨日あんなに直したくないって泣いてたのに」
「だ、だって~……!!」

 リョウはひとりを無視して自分のバッグにノートをしまい、ひとりにせっつかれた。
 何度も歌詞を心に刻んで、本当はもういろんなフレーズが浮かんでいたし、今すぐにでも家に帰って録音がしたいところだった。
 けれど虹夏も心配しているだろうし、今日くらいは真面目に学校に向かうことにしよう。ひとりの隣で静かに目を閉じる。

 この歌詞に合う曲が、私にはきっと作れる。私にはきっとやれる。
 ひとりの想いを感じていれば、いくらでもいいアイデアが浮かんでくる気がするんだ。
 リョウは自信ありげな笑みを浮かべ、ひとりの方に体重を預けるように、少しだけこてんと身体を寄せた。
 右肩に乗せられたリョウの頭の重みが愛しくて、ひとりの顔にも思わず笑みがこぼれた。

 眩しい朝焼けが二人の背中の窓から差し込み、東京へと向かう電車内を、きらきらと染め上げていた。

~fin~



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