【ウマ娘怪文書】幼い頃、近所の子供が遊びに来た。トレーナーを夢見るその子は、同じ街にシンボリ家のグラウンドがあると知って、見学に来たのだ。 私はその子によく懐いて毎日一緒にグラウンドに出たものだ
1: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:17:30 0
幼い頃、近所の子供が遊びに来た。トレーナーを夢見るその子は、同じ街にシンボリ家のグラウンドがあると知って、見学に来たのだ。
私はその子によく懐いて毎日一緒にグラウンドに出たものだ。多分、初恋だった。と言っても、私は未就学児で、彼は中学校進学前だったので、彼の方は私を意識すらしていなかっただろう。
トレーナーになる夢を語る彼と、シンボリ家を背負うウマ娘に憧れる当時の私はすぐに仲を深め、彼は将来私のトレーナーになってくれると約束してくれた。二人は毎日トレーニングごっこ遊びに興じた。蜜月だった。
ある日、彼が来なくなった。当時の私は知る由もなかったが、夏休みが終わり彼が地元に帰ったのだ。私は泣いた。家族に事情を説明されても涙は止まらなかった。
別れが悲しくて泣いたのではない、別れを告げて貰えなかったのが悲しかったのだ。彼にとって、私はその程度だったのだと思った。愛とも恨みとも判別のつかない感情で胸が破裂しそうだった。
涙が枯れた頃、私は走ることに全力を注いだ。ただひたすらに鍛えることに打ち込むことで、彼を忘れたかった。
2: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:17:46 0
数年後、私は小学生にしてトゥインクルシリーズを視野に入れるほどの優駿と呼ばれるようになっていた。厳しい鍛錬を己に課したことで、彼のことは、時折夢に出る程度に忘れることが出来ていた。
そんな時、彼が再び現れた。受験を控え、志望する体育大学について話を聞きにシンボリ家を訪れていた。今までのどんな模擬レースよりも胸が高鳴り、呼吸が乱れたことを覚えている。
彼を憎んだ日もあったが、やはりこの恋心は偽れなかった。せっかく消えかけた胸の内の炎がまるでガソリンを注がれたように燃え上がった。緊張で上手く喋れないながら声をかけると、彼が気さくに挨拶をしてくれた。
彼は私を覚えていた。ルナちゃん、と当時の呼び名でまた私を呼んでくれた。そのせいで、何故別れを告げてくれなかったのかと問いただすことが出来なかった。私は恋する乙女のように、彼を見つめることしか出来なかった。
許そう。確かにあの頃は泣き腫らしたが、きっと彼にも事情があったのだ。そうやって自分を言い包める言葉が無限に溢れてくる。かつての悲しみよりもこれから彼と過ごす日々に期待で胸を膨らませていた。
3: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:17:56 0
受験勉強の傍ら、彼は時折シンボリ家に訪れては事業部の人たちに話を伺っていた。私はそんな彼を邪魔しないよう、遠くから見つめているだけだった。そんなことだから、再び彼はここに現れなくなった。
やはり私に何も告げず、彼は大学に合格し、また去っていった。きっと私が弱いウマ娘だったからだ。いや、走りだけじゃなく、品行や学業も極めなければいけないのだろう。
彼は私との約束を守るためのキャリアを確実に積んでいる。ならば私も、トレセン学園に入学するまでにもっともっと己を高めなければいけない。今のままでは、彼に選んでもらえないかもしれない。
二度目の別れに涙はなかった。ただ少しばかりの悲しみと、自分を鍛えるために燃える情熱があった。
数年が経ち、風の噂で彼がトレセンに赴任したと聞いた。ちょうど入学を控えていた私は、神の定めた運命だと感じた。君は私との約束を覚えているだろうか。私は君にふさわしいウマ娘となるために、今日まで一度も負けてこなかったんだよ。
4: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:18:15 0
私のトレセン学園入学と入れ違いに、彼は師事しているベテラントレーナーと一緒にフランスに旅立ってしまった。砕け散った己の破片を、零れないよう皇帝シンボリルドルフという型に嵌めて過ごした。
生徒会長に就任し、模範となるよう自らに厳しく振る舞い、誰にも負けないように鍛錬を続けた。彼がフランスから帰ってきた時に、王座に君臨する私を見てもらおうと思ってのことだった。
そんな私の姿を見て、畏れる者も多いが、声をかけてくれる友も出来た。今の私は、君によって作られたと言っても過言ではないだろう。
「アタシの両親ってさ、元担当トレーナーとウマ娘だったんだ。お互い初恋だったらしいんだけどさ……」
今日もこうして何十回目かの話をして友人が背中を押してくれる。生徒会権限を使い調べた君の帰国の日取りをカレンダーに記し、今か今かと待ちわびた。
そして今日、帰国した彼が学園にやってくる。最後に会った時より成長した姿を見せられるだろうか。君は私のことをどう思っているだろうか。もし覚えていてくれるなら、もう過去のことは不問にしようと思う。
5: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:18:25 0
数年ぶりの日本の春は少し肌寒く感じた。お世話になっている先輩に付き添いフランスで学ぶ機会を得た僕は、先日長い研修を終えて今日ようやく一人前のトレーナーとしてデビューする。
長く険しい道に耐えられたのも、ルナちゃんのおかげだった。子供の頃に出会った彼女との約束が、辛い大学受験も、トレーナーとなってからの見習いの日々も、心を支えてくれた。多分、初恋だった。
彼女はトレセン学園に居るだろうか。もし居たなら、そして約束を覚えているなら、僕の一人前となって最初の担当は彼女がいいな、なんて思っていた頃、唐突に声をかけられた。
声の主はシンボリルドルフ、噂に聞く皇帝様だ。名門の出で現在も不敗の優駿、品行方正で学業にも明るく生徒会長もこなす超人だ。僕にとって、雲の上の存在である。
そんな彼女が、廊下で僕を呼び止めるものだから最初はなにかの間違いかと思った。方や学園の有名人、方や新人のトレーナー。不釣り合いにも程がある組み合わせだ。
6: 名無しさん(仮) 2025/04/21(月)21:18:35 0
「あ…あの……、君はまだ担当は居なかったと記憶している。私もなんだ。よ、よければ私と専属契約を……」
「ごめん、ちょっと……」
咄嗟に謝ってしまった。あのシンボリルドルフが初対面の僕に契約を申し出るなんてあり得ないことが起きて、頭が回らなかった。専属契約と聞いて、ルナちゃんを探し出してもいないのに辞退を申し出てしまったのだ。
恐る恐るシンボリルドルフの方を見ると、顔色が真っ青になっていた。作り笑顔のまま、足がガクガクと震えている。大丈夫かと手を差し伸べると、するりとそのまま膝から崩れ落ちてしまった。
「本当にごめんなさい、先約があるので…」
「先約!?」
僕の言葉に驚き素っ頓狂な声を出すシンボリルドルフ。有名人の尋常ではない様子に周りを歩いていた生徒たちもこちらをじっと見つめている。
「ちょっ、ちょっと待って貰えるかな、ここで騒ぐと……」
「『待つ』!?これ以上…私に待てと言うのか!?今君を逃したら次は何年後なんだ!?」
その後、彼女が僕の足にすがりついて悲しみに暮れるので呆然としていたところで、向こうの方から副会長が走ってきているのを見たところまでは覚えている。
7: オワリ 2025/04/21(月)21:18:46
あれから、僕達は初対面ではなく、僕の探していたルナちゃんは彼女であったと誤解が解け、僕達は専属契約を結ぶこととなった。
ルナちゃんはとても優秀で、僕も彼女に釣り合うトレーナーとなるべく毎日勉強中である。
再会した日は取り乱していた彼女も、今ではすっかり落ち着きを取り戻して、まるでいくつも年下だとは思えないほど大人びた振る舞いを見せる。
むしろこちらが彼女の素で、あの時は何か体調でも悪かったのかもしれない。
よく新人が専属契約をすると苦労すると先輩たちに言われたが、今のところはむしろ僕が迷惑をかけてないかと心配するほどに、手のかからない子であった。
ただ一つ困ったことがあるとしたら、時折『もう手放すつもりはない』とか『シンボリ家に興味はないか』とよくわからないことを耳打ちされるくらいで。