【ウマ娘怪文書】不純である。「トレーナー断ち」、一か月を命ずる。そうして、山奥の廃寺へと一人取り残されることになった。
1: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:37:54 0
不純である。
「トレーナー断ち」、一か月を命ずる。
そうして、山奥の廃寺へと一人取り残されることになった。
爽やかな春風が吹き抜ける本堂で、本尊と向かい合い正座する。
不服はなかった。
むしろ当然の仕打ちであると受け止めていた。
2: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:38:14 0
総監視社会。
風紀委員の取り締まりは日に日に過酷さを増し、少しのおふざけも許されない空気が漂っていた。
そんな中、槍玉に挙がったのがトレーナーへの"呼び方"である。
トレーナー、トレーナーさん、あなた、ボス、ダンナ、たわけ、トレ公。
グラスワンダーはオーソドックスな「トレーナーさん」であったが、非凡なイントネーションで注目を集めていた。
指導者に向けるにはあまりにも距離感が近すぎる声音。しっとりとした色気のある大人の口調。
「不純ではないか」
風紀委員は吹き上がり、即座に裁判が行われることになった。
グラスワンダーは数日と経たずに山奥へと連行された。
3: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:38:31 0
朝。本堂で簡単な食事をすませると、近くの滝つぼへと足を向けた。
水垢離をするためである。
夜気で十分に冷やされた滝の水が、絶えることなく頭へと打ち寄せてくる。
思考が、研ぎ澄まされてゆく。
風紀委員の主張にも一理あることを認めねばならなかった。
自分は確かに、トレーナーに対して並々ならぬ思いを寄せていた。
それが「トレーナーさん」という発音へと知らず知らずに表れていた。
手を合わせて念仏を唱える。水垢離は「トレーナー断ち」への第一歩であった。
4: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:38:51 0
アルコール依存症があるように、ウマ娘にはトレーナー依存症というものがある。
その悪縁を断つためには、俗世を離れトレーナーから独立した環境を作り出す必要があった。
山奥の廃寺には、ガスも通っていない。切り株の上で薪を割り燃料を調達する。
ぱかーん。ぱかーん。単純作業が心を落ち着かせてくれる。
やはり自分は、未熟であったのだ。
トレーナーに対する執着が肥大化し、もはや抑えられなくなっていた。
あれでは、行動に移すのも時間の問題だっただろう。
隔離してくれた人々には感謝こそあれ、恨む気持ちはまったくない。
5: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:39:09 0
穏やかな日々が過ぎた。
私は大和撫子の矜持を取り戻し、"不退転"の意思を確立していた。
もはや何物も、私の断固たる決意を揺らがすことなどできない。
仏像を前にして、背筋を伸ばして座り、ただ深々と祈る。
私は安堵する。これこそがグラスワンダー、清冽な青の輝きだ。
「グラスッ!!」
静寂の本堂に、聞き覚えのある低音が響く。
「トレーナー……さん?」
ずくん、心臓の音が高鳴った。
6: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:39:31 0
「よかった……! よかった、生きてた! グラス、グラス!」
「トレーナー断ち」は完全に秘密裡で行われる。
関係者にはある日突然、消息不明になったとだけ伝えられるのだ。
もちろん、トレーナーが隔離先を知っているはずがない。なのに。
トレーナーは感極まった様子で近づいてくると、そのまま私の体を強く抱きしめた。
「やっと見つけた……本当に心配した。本当に……」
「う……あ……トレーナー……さ……」
いけない。いきなり純度100%のトレーナー原液を浴びせられては。
7: 名無しさん(仮) 2025/05/02(金)22:39:52 0
どれほど長い間禁酒していたとしても、たった一杯ですべて台無しになってしまう。
依存症とはそれほどまでに恐ろしく、また克服しがたいものである。
私は油断していた。もう大丈夫だと思い込んでいた。しかし、それはただの過信だった。
山奥で瞑想と鍛錬を繰り返し、じっくりとろ過してきたはずの青の輝きが、溶けていく。
トレーナーという名のまばゆい光が、全身を余すところなく包み込み、輪郭そのものを書き換えた。
断固たる決意は、もはや欠片も残ってはいなかった。
私はトレーナーの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
「トレーナー……さん……」
今の私は、不純だろうか。