【ウマ娘怪文書】「よし! それじゃ往復ダッシュあと十本!」「ひいいぃぃ〜!」それを聞いたウマ娘――ライトハローが返事の代わりに悲鳴に近い呻きを返してきた。
1: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:06:25
だいぶ日も傾いてきた夕暮れ時、地元のとある海岸はオレンジ色の光に染められている。
そんな中でひたすら砂浜を走っている一人のウマ娘に向かって、俺は大声で呼びかける。
「よし! それじゃ往復ダッシュあと十本!」
「ひいいぃぃ〜!」
それを聞いたウマ娘――ライトハローが返事の代わりに悲鳴に近い呻きを返してきた。
太陽がまだ赤くなかった時間から今までずっと練習を続けてきた。その疲労の蓄積でそろそろ限界が近いからだろうというのは俺にもわかる。
しかし、ここで甘やかしてはいけない。何故なら彼女はウマ娘としての最難関である中央トレセン学園入学を目指しているのだから。
これくらいで音を上げていてはトレセン入学など夢のまた夢だ。
そして、何より俺自身も――。
「な、なんでぇ、私ばっかり走りっぱなしでぇ……! ハァ……ハァ……ゆっ……ゆっきーは指示してくる……だけなのぉ……!? ズルいよぉ……!!」
「仕方ないだろ。ハローはトレセン志望のウマ娘で、俺はトレーナー志望なんだから。ウマ娘とトレーナーっていうのはそういうもんだ」
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2: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:06:44
そう、何を隠そう俺もまたハローのようなウマ娘を指導する人間――トレーナーを志している。
だからこそこうして、まだ資格は取得していないものの、トレーナーの教本を読んで学び、身につけた知識に基づくトレーニングをハローに施している。
本来推奨される行いではないだろうが、そこはまあお互いにまだ見習いの身だから許される――と思いたい。
何より気心の知れた幼馴染み同士だ。互いに同意の下で、ある程度の信頼があれば大丈夫だろう。恐らく。
「というわけで、ペース落ちてるぞハロー! もっと気力を振り絞れ!」
「うへぇぇ〜! ゆっきーの鬼ぃ〜! 悪魔ぁ〜!」
二人しかいない砂浜にハローの情けない悲鳴が木霊した。
3: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:07:01
「もー限界! もー無理! もう一歩も走らないから!! てか走れないから!!」
最後に抗議するかのようにそう叫びながら、立ち止まったハローは仰向けに砂浜へ倒れ込んだ。
「そうだな。流石に今日はもう無理そうだ」
肩で息をしているハローの様子を見て、俺も素直にそう認める。
だが、見習いとはいえトレーナーとしてはここで甘やかし過ぎてもいけない。ので、俺は解放の喜びに満ちた顔を向けてくるハローの視線を誘導するように空を見上げる。
「……あっ――」
素直に釣られてくれたハローも同じく空を見上げて、ようやく気づいたらしい。
いつの間にか日はすっかり落ちきって、代わりに海岸を照らしてくれていたのが満点の星空であることに。
4: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:07:18
「……なんだかその言い方だと、夜になったから仕方なく終わりにするみたいなんだけど」
「そんなことないぞ。ハローの体力が保つようになったなら星空の下でも走らせる」
ジト目で睨みつけてくる幼馴染みに、俺はしれっとそう応じる。
ハローは信じられないといった顔でしばらく口をパクパクとさせていたが、結局言い返すのを諦めたらしい。
代わりに視線を再び夜空に移して、大の字で寝転がりながらぼんやり眺め始めた。
俺も無言でその傍らに立ち、同じように見上げる。俺達の地元は星が綺麗に見えることで有名なだけあって、吸い込まれそうな程に美しく煌びやかなもう一つの海がそこに拡がっていた。
「……ゆっきーはさぁ」
星を見上げたままで、おもむろにハローが尋ねてくる。
「どうしてトレーナーになろうと思ったの?」
5: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:07:40
どう答えるべきか、俺は無言のまま少し考えた後でぽつりとこう言った。
「才能があるって言われたからだよ」
「誰に?」
「君のお袋さんに」
「……えっ、それだけ?」
「ああ」
嘘は言っていない。思い立った切欠は本当にその一言だった。それは確かだ。
スポーツはそれなりに得意だし好きだが、それ以外に別段これといって取り柄もない。極々平凡な男子中学生、それが自分だ。自覚はある。
そんな人間だから、誰かに才能があると太鼓判など押されたらひとまずそれに縋ってみたくもなるというものだ。
「はぁ〜……思い切りがいいというか何と言うか……まったく、そんなことで将来決められちゃったら敵わないんですけど〜?」
呆れたような、あるいは感服しているかのような、もしくはその両方が混ざり合ったような態度でハローがそう言ってきた。
6: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:07:58
「…………」
それに対して俺は敢えて無言。嘘は言っていない。
……確かに言っていないが、同時に敢えて隠していることもある。
ライトハローのお母さんから勧誘を受けた時に告げられた誘い文句のもう一つ――『トレーナーになれば綺麗なお嫁さんも貰えるわよ』というもの。
それもまた自分の心を大きく後押ししたことは、ささやかな男の見栄として黙っておこう。うん。
「…………」
俺が黙ったままでいると、結局ハローもまた黙り込んだ。
二人で何も言わずにしばし星の海を眺める。そのあまりの美しさは、言葉を忘れるのに十分すぎるものだ。
思わず真剣に見入ってしまいかけた。ハローが再び口を開いたのは、そんな時だった。
7: 名無しさん(仮) 2024/03/19(火)23:08:17
「……ねえ、ゆっきー」
「うん?」
「綺麗だねぇ……」
「……ああ」
うっとりとした顔と声でそうこぼすハローに俺も心から同意する。
「――私も……」
それからハローはそのまま夜空へ向かって手を伸ばしながら、ぽつりぽつりと言葉を足していく。
「あんな風に、輝く星になれるかなぁ」
その声には美しい星々への羨望と同時に、抑えきれずにこぼれた不安が混ざっているようだった。
だから――。