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【ウマ娘怪文書】トレセン学園で養護教諭をしていて特に嬉しいことの一つに、故障で頻繁に保健室を訪れていたウマ娘の現役復帰がある。


1: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:05:28

トレセン学園で養護教諭をしていて特に嬉しいことの一つに、故障で頻繁に保健室を訪れていたウマ娘の現役復帰がある。
といっても学園が優秀なスポーツドクターを多く抱えている都合上、養護教諭の役割は生徒の悩み――「久々にターフで走るのが不安」だとか、「同期に置いて行かれてしまった気がする」だとか――を聞くことに留まるのだが、それでも自分とかかわりのある生徒が故障を乗り越えた時は嬉しいものだ。
今日保健室を訪れたエイシンフラッシュさんも、そんな縁で仲良くなったウマ娘の一人だ。
彼女が故障を発症したのはおととしの秋だったろうか。嘱望されていた三冠路線を泣く泣く諦めた彼女も、翌年には天皇賞秋を勝ち取るに至った。
TV中継でレースを見た私は退勤後喜びのあまり朝まで自宅で飲み明かしたものである。
飲んだのはもちろんラガービール。彼女の祖国にちなんだものだ。
そして今日はお菓子も彼女の祖国にちなんだものを用意した。




2: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:06:06

「バウムクーヘン…ですか」
「ええ。懐かしいでしょう?」
「いえ。実はバウムクーヘンはドイツだとあまり食べないんです。日本での方がメジャーなのではないでしょうか」
…どうやらこれは失敗だったらしい。私は「そうなの」と言いながら自分の分のバウムクーヘンを口に含んだ。
ストレスを感じるとお菓子を欲するのは私の悪い癖だ。何かそうなるきっかけがあったはずだが、覚えていない。
それにしても保健室を訪れた時から彼女の表情は暗い。
何かよほど深刻な悩みを抱えているらしい。私の経験がそう告げていた。
「今日はどうしたの…話してみてもらえる?」
「はい…実は…私、恋人がいるんです」
「あら」少し珍しいが、驚くような話ではない。
重賞の常連ウマ娘ではあまり聞かないが、中々レースの振るわないウマ娘が暇に飽かして学外で彼氏を作っていることはよくあることだ。
それよりも「恋人」という固い日本語のチョイスが微笑ましいくらいである。






3: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:07:10

「先日その人の手の骨を折ってしまいました」
「あらまあ」
「抱き合っている最中でつい気持ちが高ぶってしまって…手を握ったときに嫌な感触がしたんです…朝になって話を聞いたら折れてたって…」
「それは…辛かったわね」
端正な顔が今にも泣きだしそうになり、聞いている私まで胸が痛んだ。彼女の頭は罪悪感と自己嫌悪でいっぱいだろう。
こういう時には迅速なケアが大事だ。手遅れになれば人とのかかわりに後々まで悪影響を及ぼすことになる。
「…また同じことが起きたらどうしましょう…今日も会うのが不安で…トレ」
「落ち着いて」私は彼女の言葉を手のひらを向けて制止した。
「こんなこと言ってごめんね。でも一個だけお願いがあるの。貴方の恋人が誰なのか、できるだけ伏せて話してもらえる?」
相手の話を遮るのはご法度だ。それでも遮ったのは私の経験から来る危機察知能力がなせる業かもしれない。
私は自分でもよくわからないままバウムクーヘンを口に含んだ。





4: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:07:55

「はい…見ていると辛いんです。仕事も…PCの操作やタイムの測定を片手でしていて…」
「貴方の不安はよくわかった…よく聞いて。ウマ娘は身体的接触でめったに親しい人を傷つけないの」
医学の世界ではよく知られた話だ。ウマ娘は暴力をふるう意図がない限り、ヒトに対して無意識に身体能力をセーブして接することができる。
考えても見ると良い。車並みの速度で走り岩を砕けるウマ娘が、何もなしにヒトと交合し、今日に至るまで繁殖することができるだろうか?
…もちろん力をセーブできない一群も大昔にはいたのかもしれないが、結局そうした者は子孫を残すことができなかったのだろう。
つまりは今日のウマ娘はそういう淘汰の末にあるのだ――私はそうしたことをかいつまんで彼女に話した。
「…なるほど」
考え込む彼女。現に人間を傷つけてしまったのだから、はいそうですかとはならないのは当然のことだった。
私は一計を案じ、戸棚から握力計をとりだした。見るからに頑丈でごついウマ娘仕様である。
「はい。彼氏さんの手を握ると思って握って見てもらえる?貴方にはこのやり方の方があってると思う」




5: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:08:32

彼女は恐る恐る握力計を握り、私に返してくれた。
「…どうでしょうか」
結果は小学校高学年の平均並みと言ったところか。私は満面の笑みを浮かべた。
「この倍の力で握っても全然平気。大丈夫、ヒトの手はそんなに簡単に壊れたりしないよ」
「…そうなのですね…!」
彼女の表情の険しさがやわらいだ。元々想定外の出来事に怯んでしまうタイプなのだ。
こうして理詰めで不安を解消してあげるのがもっともよいと踏んだが、間違いではなかったようだ。その後もいくつかヒトの体の強度を実例で示してあげた。
「ありがとうございます…もう大丈夫です」
「うん。貴方は元々身体感覚のコントロールに優れてるから、自信をもってね。トレーナーさんにもよろしく」
深く礼をして保健室を去って行く彼女。
…気のせいだろうか。今何か余計なことを口走った気がした。
私は自分でもよくわからないままバウムクーヘンを口に含んだ。




7: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:08:57

その後は訪ねてくるものもおらず、事務作業をこなしていると不意に保健室の扉をノックする者があった。
「ご無沙汰しています。その節は担当のエイシンフラッシュがお世話になりました。実は先日事故で手の骨を折ってしまって…病院で巻いてもらった包帯が解けかけているので、巻きなおしてもらいたいんですが…あれ?聞こえてます?無視?嘘でしょ?なんで食べてるんですか?」
…私の耳には何も聞こえない。ただ一心不乱にバウムクーヘンを口に運んでいる…。




9: 名無しさん(仮) 2023/09/09(土)15:10:09

おわり

ちょっと前に投下された養護教諭ものに便乗しました




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