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【ゆるゆりSS】きもちに寄り添う数秒間 (24)(完)


1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:38:07.60:49voo3/L0 (1/24)

 7月23日。

 下校時刻になっても、まだ昼間のように陽が高い夏の日。うかつに外に出ることは危険と叫ばれるほどの気温になる昼間に比べ、夕方はほんのちょっぴりマシになるが、それでもじっとしているだけで汗が噴き出してくるような暑さの中。
 ばらばらと校舎から出てきた七森中の生徒たちは、なるべく日陰になるような道を探しながら帰宅の途についている。高温多湿の過酷な環境の中にあって、それでも生徒たちの表情が一様にどこか明るいのは、期末テストも終わり、明日の終業式でいよいよ夏休みに突入するという解放感のせいだろうか。
 そんな中、ある少女たちだけは、晴れやかな心とは程遠いトゲトゲした気持ちを互いにぶつけあって、大げんかを繰り広げていた。

「だからあれほど言ったんじゃないの!!」
「向日葵には関係ないじゃん!!」

 周囲の視線など気にも留めずに大声で反発しあいながら家路についている、向日葵と櫻子。いつものことといえばいつものことなのだが、今回がいつもよりもだいぶ激しめな雰囲気であったことは、周囲の生徒たちにも伝わっていたかもしれない。
 きっかけは些細なことだった。しかしその些細なことが積み重なり、別の些細なものまで降り積もってきて、やがて看過できないものとなり、先に向日葵の導火線に火がついて爆発する。その爆発に櫻子が反発し、お互いに一歩も引かずにケンカ状態となる。

「もう知りませんわ! 勝手になさい!」
「あーあー勝手にしますよ! じゃあね!」

 家の前までそんな調子でいがみ合い、もうしばらくは顔も見たくないとばかりにふんっと顔をそむけ、二人はそれぞれの家に帰っていった。

 古谷家では、家の前の喧騒をききつけ、何事かと驚いた楓がとてとてと玄関まで姉を迎えに行っていた。大室家では、「ただいま」も言わずにバンと扉を開けてリビングに入ってきた櫻子の怒り顔を、花子が気まずそうに見つめている。
「……また、ひま姉とケンカしたし?」
「ふんっ!」
 カバンをその辺にほっぽってずんずんと冷蔵庫に行き、冷えた麦茶を飲む。胸にいっぱいになってしまった怒りと暑さへのいら立ちが、冷たいものと一緒におなかの奥底に流れていって少しだけ落ち着き、そしてその空いた部分にもやもやとした嫌な気持ちが渦巻いていくのを、櫻子はなんとなく感じていた。

 ――また、ケンカしちゃった。
 幼い姉のそんな複雑そうな横顔を見て、「どうせ櫻子が悪いんだから、さっさと謝ってきた方がいいし」とでも言おうかと思っていた花子は、じっと言葉を飲み込んだ。

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2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:40:47.26:49voo3/L0 (2/24)

――――――
――――
――


 その日の夜。
 事の顛末を花子からこっそり聞かされ、一応様子を見ておいてあげた方がいいかと判断した撫子は、もやもやを胸につかえたまま自室のベッドにつっぷし、何をするでもなくゴロゴロとしていた櫻子のそばに腰かけた。

「またひま子とケンカしたんだって?」
「……なんでねーちゃんが知ってんの」
「花子が心配してたんだよ。ま、どうせいつものことだろうけど」
「……」

 櫻子はスマホを置いてゆっくりと身体を起こし、姉の隣に並ぶようにして座り直す。
 本当は悪いと思う気持ちが自分の中のどこかにちゃんと在って、しかしまともに向き合えずに意固地になってしまっているだけというのが、むすっとした表情でうつむくその横顔から十分に伝わってきて、気づけば撫子はしょぼくれた頭に手を伸ばし、手櫛でさらさらと髪を梳いていた。

「……本当は、ケンカなんかしたくないんでしょ。櫻子も」
「……」
「ひま子もたぶん同じだよ。だから、落ち着いたらちゃんと謝んな」
「……うん」

 てっきりケンカしたこと自体を怒られるかと思っていたのに、なぜか優しげな姉の声と手つきを受け、それだけで櫻子は胸の中のもやもやが薄れてすうっと楽になっていくのを感じた。
 そして姉の魔法の手が自然と離れるまで、そのまま大人しく、頭を撫で付ける感触に意識を傾けていた。




3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:41:44.35:49voo3/L0 (3/24)

「そうだ櫻子、アンガーマネジメントって言葉知ってる?」
 撫子はふと、思い出したように櫻子にそう問いかけた。ただでさえ横文字に弱い妹は、頭に大きなハテナを浮かべて首をかしげる。

「ハンガー……なに?」
「アンガーマネジメント」
「なにそれ、必殺技?」
「ちがう。簡単に言うと、自分の怒りをコントロールすることなの。たとえば何かイラっとしたことがあったら、じっと我慢して6秒数えてみるといいんだって。そうするだけで怒りのピークが過ぎ去って、気持ちが落ち着いて冷静になれるんだってさ。今の櫻子に必要なのはそれかもよ」
「怒ってるときに6秒も数えてらんないでしょ! ねーちゃんはできるの?」
「できるよ。まあ私はもともとイライラすること自体滅多にないけど」
「ペチャパイ!」

 瞬間、撫子は自分が履いてきたスリッパをリフティングの要領で自分の前にふっと浮かべ、それを手に取りつつそのまま櫻子の頭をスパンと叩いた。その間、わずか一秒足らず。

「痛った!! ちょっと、やってないじゃん! 6秒は!?」
「今のは櫻子が100%悪いから、私が怒りを落ち着ける必要がないの」
「なにそれ!!」

 スリッパを履き直しつつベッドから立つ撫子。ひりつく頭を押さえてベッドに横になった妹の様子を見下ろしつつ、この分なら大丈夫だろうと安心し、ドアへ向かう。

「でも櫻子は、なるべくその6秒ルールを意識してみてもいいんじゃない? あんたとひま子のケンカなんて、あんたが悪いことの方がほとんどなんだから」
「なんだとー!?」
「ほら言ったそばから怒ってるよ。数えて数えて。いーち、にーい」
「うっさい! やってられるか!」

 ベッドの上に敷かれていたストールを無造作に掴んで投げつける櫻子と、それをひらりと避けるように部屋を出ていった撫子。
 櫻子はベッドにぼすんと突っ伏し、ばかばかしいと思いつつも、試しに目を閉じて6秒を数えてみた。

 いち、にー、さん、しー、ごー、ろく。

(……長っ)

 数えてみるとその長さに驚いた。ただでさえ長いのに、怒りがピークに達しようというときにじっと数える6秒はあまりにも長すぎるだろう。こんなことは絶対できるわけない。

 ――きっとこれを考えた人は、怒ったことなんて全然ない、池田先輩みたいにふわふわした人なんだ。そういう人でもなければきっとできないはずだ。そう思いながらも、櫻子は妙に6秒ルールのことが気になって、その後も6秒間を数える練習を胸の中で繰り返し、そしてそのままひつじを数える要領で眠りに落ちてしまった。





4:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:45:29.06:49voo3/L0 (4/24)

 翌日。一学期の最終日。

 今日は終業式をした後、学活や大掃除をこなすだけで終わり、晴れて夏休みとなる。勉強のことは何も考えずにぼーっとしていればいい気楽な一日。
 一晩眠ったことで昨日のケンカのことをだいぶ消化できたーーもとい、なんで怒っていたのかも忘れかけていた櫻子は、家を出て珍しく自分より先に待ち合わせ場所に立っていた向日葵を見て、少しだけ昨日の気まずさを思い出した。向日葵の表情はどことなく険しく、自分と違ってまだまだ昨日のことを強く引きずっているようだった。

「遅いですわ」

 ツンと突き刺さるように放たれたその一言だけで、櫻子は一瞬でムっとした気持ちになり、二人の間にピリついた空気が漂う。

「いつも通りでしょ。普段は自分の方が遅いくせに」
「あなた、昨日言った復習はしたんでしょうね」
「……え?」

 歩き出しながら言われ、櫻子は一瞬何のことかわからなかったが、だんだんと昨日のケンカのときに言われたお小言を思い出してきた。

 端的に言えば、向日葵にさんざん忠告されていたのに、期末テストの点数が悪かった件について怒られていたのだ。ここができないとこれから先の授業にもついていけなくなってしまうから、わからなかったところを全部復習するようにと言われ、嫌そうな顔をしていたら向日葵の積もりに積もった不満が爆発してしまった。
 当然、昨日はもやもやの消化にすべてのリソースを使ってしまっていたので、復習なんてしていない。夏休みの宿題に早いうちから手を付けちゃいなさいとも言われていたけれど、もちろんやっていない。
 「復習」と言われ、何のことだっけと一瞬考えてから、だんだんと「……ああ!」と思い出していく櫻子の一連の表情を見て、向日葵の燃え殻に再び火がついてしまった。

「その顔……あれだけ言ったのに、何もしてませんわね!?」
「え、いや」
「復習どころか宿題も! というか配られたプリントや教科書を入れ替えることすらしてないでしょう! 昨日とカバンの厚みが全然変わってませんわよ! 今日授業ないのにパンパンじゃないの!」
「そ、それは!」
「さすがに何かしてると思ったのに! どうせ何もかも忘れて遊び呆けて、そのまま寝ちゃったんでしょう!?」

 朝からすごい剣幕になってずんずんと指で胸を突いてくる向日葵に気圧されるものの、昨日は自分なりに落ち込んでいただけで遊んでいたわけではないという部分について反発したくなり、急激にイライラが募っていくのを感じ始めたとき、昨日何をしていたのかを思い出した。

 なぜかひたすら、6秒を数えていた気がする。




5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:47:16.60:49voo3/L0 (5/24)

 ハンガーなんとか、と言っていた説明はよく覚えてないけれど、イライラすることがあったら6秒数えてみるといいという姉の言葉と、優しく頭を撫でてくれたあの手つきが、ふと呼び起こされた。

(いち、にー、さん……)

 立ち止まって、目を閉じて、昨日寝る前に繰り返していたように6秒を数え始める櫻子。
 向日葵も同じように足を止め、突然じっと黙りこくってしまった櫻子のかつてない挙動に、思わず言葉を詰まらせた。

(しー、ごー、ろく)

 ゆっくり目を開けると、何事かと驚いて怪訝そうな表情を浮かべている向日葵の顔が視界に入った。

「さ、櫻子……?」
「……」

 自分の胸に手を当ててみる。今の今まで募っていた気がするイライラ感は、あまり感じられなくなっていた。
 朝のそよ風が櫻子の頬を撫でつける。すでに上がり始めている気温に熱されたその空気は、冬のような静謐さこそないものの、夏の香りを充分に含んでおり、櫻子の心を妙に落ち着かせてくれた。
 昨日は確かに何もしていない。本当は向日葵の言うとおり、宿題のひとつにでも手を付けるべきだった。大量の宿題を出されてパンパンになっているカバンの重みを肩に感じる。中学に上がったら少しは宿題が減ってくれるかと思っていたのに、むしろ小学生の頃よりもたくさん増えてしまって、さすがに今年は夏休み最終日の土下座作戦をしても間に合わないかもしれないのではと肝を冷やしていたのを思い出した。

 ――悪いのは、自分だ。

「ちょ、ちょっと櫻子っ」
「……向日葵、ごめん」
「え……?」
「向日葵の言う通り、何もしてなかった。怒られて、落ち込んで、ずっとゴロゴロしてた」
「……」
「ごめん」

 櫻子は少しだけ頭を下げ、心配そうに近づいた向日葵の足元に視線を落としながら、今胸の中にある素直な謝罪の気持ちを淡々と伝えた。
 驚いたのは向日葵の方だった。突然立ち止まり、黙りこくり、自分以上に激しく爆発するのかと身構えていたら、ストレートに謝罪されてしまった。こんな櫻子を見るのは初めてだった。
 まっすぐな目で向日葵を見る櫻子。激しく燃え上がってしまったぶん、自分の方がその温度感に戻ることができず、向日葵は当惑した。




6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:48:42.25:49voo3/L0 (6/24)

「……わ、わかればいいんですわ」
「……」
「その……落ち込んでいたのは、私も同じでしたし。今日から。今日からやってくれればいいですわ」
「ん」

 こくりとうなずき、またすたすたと歩き始める櫻子。向日葵は追いかけるようにその横に並び、本当に何があったのかと驚きながら、後に続く言葉を探した。
 これではまるで、朝から大声で怒っていた自分の方が子供っぽいような気がしたし、何よりも素直に謝罪してきた櫻子に対し、何かしてあげるべきだという気持ちがふつふつと湧いてきた。

「……一緒にやります?」
「えっ?」
「復習と……それに宿題も。私も最近は自分のことでいっぱいになっちゃって見てあげられませんでしたし……宿題だってこんなにあるんですから、早いうちに取り掛かった方がいいでしょう。また最終日に泣きつかれるのはごめんですわ」
「……」

 伏し目がちにそうつぶやく向日葵の頬が紅潮している気がするのは、暑さのせいか、気のせいか。
 その横顔を見ていたら、なんだか無性に明るい気持ちになってきて、櫻子はにこやかに笑って向日葵の肩にぽんと手を置いた。

「じゃあ今日、うち来てね!」
「ええ」
「あっ、ていうかあかりちゃんとちなつちゃんにも学校終わりにうちに寄ってもらってさ、みんなでやろうよ! ついでに夏休みの予定立てたりさー!」
「いいですけど、遊びはほどほどに頼みますわね。メインは勉強なんですから」
「わかってるわかってる~」

 楽しい予定が立てられたことに嬉しくなり、櫻子は学校までの通学路をスキップし始めた。向日葵もその様子を微笑ましく眺めながら、早歩き気味にそれについていく。
 櫻子はふと顔をあげ、青空を見上げた。早くもじーわじーわとセミが遠くで鳴き始め、空にはもくもくと高い雲が立ち昇り、それはまさしく夏の空だった。
 さっきまで向日葵に激しく怒られそうになっていたのに、今はこの空と同じくらい、晴れ晴れとした気持ちになっている。
 6秒数えただけなのに?
 それだけで、全部が上手くいくようになってきたかもしれない。

(ねーちゃんの必殺技……すごいかも!)

「前見て歩かないと、転びますわよ」
「へーきへーき!」

 櫻子は重たいカバンを逆の手に持ち替え、向日葵のカバンもひょいっと持ってあげながら、再びスキップを始めた。






7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:51:30.42:49voo3/L0 (7/24)

 みんなと一緒に宿題をする機会があれば少しは一緒になってやる気を見せることもなくはない櫻子だが、みんなが帰って一人になってしまうと途端にやる気がなくなってしまう。というか、勉強をしなくてはいけない身の上を忘れ、「次の楽しいこと」を探すのに夢中になってしまうのだ。

 夏休み初日。昨日に引き続きものすごい暑さになるようだと天気予報の女性キャスターが言っていたのを耳にした櫻子は、おもむろに庭にビニールプールをひろげてホースで水を溜め始めた。小さなガーデンチェアに腰掛け、まだ溜まっていない段階から足をつけてじゃばじゃばと楽しそうにはしゃいでいる。そばに置いてあった花子のアサガオの鉢にも、ホースでぴゃぴゃっと水をかけてあげた。

「なにしてるし、櫻子」
「見ればわかるでしょ! プール作ってんの♪」
「べつにいいけど、そこからどうやって上がるつもりだし。びしょびしょのまま家に入ってきちゃだめだし」
「あー忘れてた。花子タオルもってきて、その辺に置いといて~」
「まったく……」

 花子が脱衣所の方へと消えていくのと入れ替わりに、今度は玄関ががちゃっと開き、撫子が出てきた。ちょうど外に出かけるところだった様子で、水の音を聞きつけ、植木を避けながら櫻子のところへやってきた。

「うわ、めんどくさいことしてる」
「めんどくさいって何! 楽しいことでしょ!」
「べつにいいけど、外なんだからはしゃぎすぎないでよね。あと片付けはあんたが全部やってね」
「わかってるもーん。ねーちゃんどっかお出かけ?」
「友達とね。夕方には帰ってくるから」
「ふーん」




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