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【ゆるゆりSS】きもちに寄り添う数秒間 (24)(完)


15:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:03:14.83:49voo3/L0 (15/24)

 会計を済ませている間、図書館で借りた本を持って外で待っていた向日葵が、コンビニのガラス裏に貼られていたポスターのひとつに目をやっているのを、櫻子は見かけた。
 自動ドアから出て袋のアイスを手渡しながら、向日葵が見ていたポスターに目を留める。
 それは、ここから少し離れた地域でやっている花火大会の広報用ポスターだった。珍しく7月中に開催されるらしい。昨日もちなつたちと近所で行われる夏祭りにはみんなで行こうと約束したばかりだったが、向日葵がやけに興味深そうに見つめているのが気になった。

「……」

 向日葵は何か希望があっても、自分からはなかなか言ってこない。小さい頃からずっとそうだった。だから向日葵の欲しがっているものが何かをこっそり突き止めて、こちらから渡したり、誘ってあげたりした方がいい。それは櫻子が幼いころに無意識的に身に着け、そして無意識的にずっと続けてきた習性だった。

 いち、にー、さん。目を閉じて数えると、満開の花火と、浴衣姿の向日葵の笑顔が、脳内にふわりと思い浮かんだ。
 一番 “夏らしいこと” は、これかもしれない。櫻子はくるっと振り返り、ポスターを指さしつつ向日葵に声をかけた。

「向日葵、これ行きたい?」
「んー……」
「これ、家からたまに小さく見えるやつだよね。たしか去年もやってた」
「ええ。でも少し遠いんですわよね……それに、夏祭りに行く約束なら昨日しましたし」
「夏祭りと花火大会は別でしょ!」
「ええ?」

 櫻子はアイスを咥えてポスターに近づき、開催日や最寄りの駅などをしっかりと確認した。遠いことには遠いが、電車で行けばそこまでかからない距離だ。

「決めた! これ行こう!」
「ちょ、ちょっと櫻子っ」
「向日葵大丈夫? その日予定空いてる?」
「空いてますけど、でも行くなら電車になっちゃいますし、楓を連れていくには遠いですし……」
「ひま姉いいしいいし。楓は花子が見てるから、櫻子と二人で行ってきて」
「えっ?」

 パプコを楓とはんぶんこしていた花子が、楓をよいしょとだっこする。

「花子たちは家から見てるし。ね?」
「うん、おねえちゃん行ってきてっ」
「でも……」
「花子たちはさっきのプールに入りながら見るし。夜にプール入って花火見て、ちょっとしたナイトプール気分だし」
「わぁ♪」

 なるべく気を遣っている様子を出さないよう、花子が楓に微笑みかける。楓もそれを聞いて、無垢な笑顔を姉に向けて喜んだ。
 向日葵の白いワンピースが夏風に揺れる。櫻子の方に向き直り、「いいんですの?」とでも言うようにまんまるの瞳で見つめる。櫻子はパッとその手をとって、力をこめた。

「行こっ! 決まりね!」

 答えを待たずに、櫻子は向日葵の手を引いて家路へとスキップし始めた。向日葵も早歩きでそれに着いていく。
 花子と楓はそんな二人を見て、顔を見合わせて微笑み合った。




16:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:04:37.00:49voo3/L0 (16/24)



 夜空に咲き誇る色とりどりの大きな花火。
 それに照らされる、向日葵の横顔。
 からからと下駄を鳴らして歩く、浴衣姿の向日葵。
 こちらを振り返って笑う、可愛らしい笑顔。
 
 そんな情景を毎晩夢の中で思い描きながらこの日を楽しみにしていた櫻子だが、現実は夢とはだいぶ違う景色となりそうなことを、会場近くの最寄り駅についたときから何となく察し始めていた。

 花火大会当日。駅を降りてすぐ、どこを見渡しても人だらけ。昼間は暑いから少し涼しくなったら行こうと言っていたのが裏目に出たのかもしれない。会場近くはすでに大盛況だった。

「やっぱり、浴衣で来なくて正解だったかもしれませんわね」
「う、うん」

 駅までの距離もあるし、会場も大きいだろうから、浴衣に下駄では大変かもしれないという姉のアドバイスを受け、向日葵も櫻子も普段着で来た。
 夢に描いた情景からは遠ざかってしまうと未練がましく抵抗していたが、さっそく人の波に飲まれて思うように歩けなくなってしまう事態になり、姉の言うことを聞いていて正解だったかもしれないと櫻子も実感していた。




17:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:05:24.28:49voo3/L0 (17/24)

「これ、こっちで合ってるんですの?」
「わかんないけど、みんなこっちに向かってるじゃん!」

 駅前から続く人の列はゆっくりと一定の方向に流れている。櫻子と向日葵はよくわからないままにそれに流されていく。二人とも、花火を見るための専用席を予約したわけでもなかったし、このあたりはそんなに来たことがないため土地勘もない。

 やがて人ごみは屋台街に入っていき、夏の祭りらしくなってきた。あちこちから出店の香ばしい匂いや甘い匂いが漂ってくる。そのひとつひとつに目を奪われながら歩いている櫻子と、櫻子の手をとって迷子にならないように気を付けながら後をついていく向日葵。櫻子は何か買おうかと目移りさせているが、人気そうな屋台は行列ができてしまっており、物をひとつ買うだけでもなかなか大変そうだった。そうこう迷っているうちに人の波に流されてしまい、一定の位置に留まっていることもできない。
 かなり混むと思うよ、と姉からも言われていたが、想像以上だった。やっとの思いで人の波を外れ、よくわからない道端で熱気に当てられた身体を落ち着かせる向日葵と櫻子。こんなにも大変だったのかと、少々呆然としている。屋台の明かりで気づかなかったが、いつのまにか空もだいぶ暗くなっていた。

「こんなことだったら、花子たちみたいに家から見てた方がよかったかもね……」
「まあ、一理ありますけど……」

 空を見上げてみると、自分たちがいるところはまだ建物も多く、空が綺麗に見えるわけではない。このまま花火が始まってしまっても、満足に落ち着いて鑑賞することはできないだろう。

「……ど、どうする?」
「……」

 ここまで来ておいてなんだが、帰るのもアリかもしれないと二人が軽く思い始めていると、

『あれっ、櫻子じゃん!』

 後ろから突然、快活な声に話しかけられた。





18:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:07:09.87:49voo3/L0 (18/24)

 そこにいたのは、クラスこそ違うが七森中で櫻子が仲良くしている同学年の友人たちだった。みんな同じ部活で、練習の帰りにそのまま立ち寄ったのか、体操着姿のままで屋台街をめぐっていたようだった。

「おおー!」
『来てたんだ! すっごい偶然!』

 突然の予期せぬ出会いに櫻子も反射的に嬉しくなってしまい、子犬のように駆け寄って、手を重ねてぴょんぴょんと喜んだ。まるで味方を見つけたような気分になって、テンションが昂ってしまう。「てかこれあげる」と一人に鈴カステラを差し出され、櫻子はおいしそうに頬張った。
 その後もしばらく矢継ぎ早に談笑を続ける。おおかたの予想通り、今日は夕方まで部活があったそうで、帰りにそのままこの駅までやってきて、これから花火が見えるポイントに向かうところらしい。

『てかさ、櫻子も一緒にいこーよ! 一人でしょ?』
「えっ?」

 一人の友人の提案に、周囲も賛同し始める。向日葵と来たことを慌てて説明しようと振り返ると、向日葵はいつの間にか少し離れた位置に移動して、所在なさげにスマホを見ていた。
 その横顔を見て、櫻子の中にどくんと何かが芽生えた。

『あっ、古谷さんもいたんだ! ごめーん』
『どうする? 古谷さんも来るー?』

 向日葵は面識の薄い同級生たちにおもむろに話しかけられ、遠慮がちに笑うと、櫻子に向かって手を振った。

「行って来たら。櫻子」
「え……」
「私は大丈夫ですから。やっぱり人多くて大変ですし、もう少しだけこのあたりを見たら、先に家に戻ってますわ」

 眉を下げ、困り顔で笑う向日葵。
 その姿が、あの日庭のビニールプールから見上げた、向日葵の物悲しそうな笑顔と重なった。




19:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:08:19.59:49voo3/L0 (19/24)

「……」

 向日葵が「それじゃ」と手を振って足早に去っていく。櫻子はその後ろ姿をただ見つめていた。
 今の今まで帰ろうとしていたのは事実だ。思っていたよりも人混みがすごくて大変で、落ち着いて花火を見られるような状況じゃないし、はっきり言って楽しくない。自分のペースで歩くこともできず、喧騒にかきけされて会話もまともにできず、想像していた花火大会の良さはここにはなかった。

『それじゃ、行こっ!』

 同級生に手を引かれ、櫻子は歩き出す。しかし、心の中はどうすればいいかわからなくなっていた。

 この友人たちとは学外で遊んだことはほぼなかったが、学校では本当に仲よくしている友人だし、一緒に回れたらきっと楽しいだろう。けれどそれでいいのだろうか。
 首を捻って後ろを振り返る。向日葵の背中は人ごみに埋もれてあっという間に見えなくなってしまっていた。
 途端に、またどくんと危機感が胸にうずまく。
「迷子にならないように、ひま子と絶対はぐれないでね」「手を繋いで必ず二人で回ること」と念押ししていた姉の言葉を思い出す。

 このまま行っていいのか。このまま行って、楽しく回れるのか。
 向日葵は、これでいいのか。

 どんどん呼吸が浅くなっていた櫻子は、友人の手を振りほどいて立ち止まり、思考を巡らせた。祭りの喧騒が、浮ついた空気感が、冷静な考えを邪魔しようとする。それでも櫻子は頭を振りつつぎゅっと目をつむって、心の中で必死に数字を数えた。

(いち、にー、……)

 あの日、花火大会のポスターを見ていた向日葵。

(さん、しー……)

 向日葵と二人きりで花火大会にいけるよう、気を遣ってくれた花子と楓。

(ごー、ろく……)

 遠慮がちに去っていった、さっきの向日葵の困ったような笑顔。

 本当は、楽しみにしてくれていたのに。
 さっきまでずっと、この手をしっかりと握ってくれていたのに。
 向日葵を、一人にしていいわけがない。

「ごめんっ!!」

 櫻子は友人たちに向かって深々と頭を下げ、周りの喧騒にかき消されないようにしっかりと謝った。

「私やっぱり、みんなとは行けない!」




20:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:09:26.85:49voo3/L0 (20/24)

 くるりときびすを返し、向日葵が消えていった方向に慌てて走り出す。困惑気味に『えっ!?』『またねー!?』と声をかけてくれる友人たちの声を背中で感じつつ、とにかく目の前の人ごみをかきわけて前へと進もうとした。
 離れてからものの一分ほどしか経っていないはずなのに、向日葵はすぐには見つからなかった。すみません、すみませんと人の波を割りつつ、前へ前へと進んでいく。
 後ろ姿を見つけられない時間が一秒一秒経つごとに、やっぱり向日葵と別れてはいけなかったのだという焦燥感が櫻子の胸に募り、ばくばくと音を立てる。

 もしもこのまま見つからなかったらどうする?
 自分で誘っておいて、向日葵を置いてけぼりにするなんて。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら懸命に向日葵を探す。「もう少しだけこのあたりを見たら」などと言っていたが、まっすぐに駅に向かったのだろうという確信が櫻子の中にはあった。人ごみに流されるままに来たところだし、土地勘がなくて駅の方向がどっちなのかもわからないが、こっちだと思う方面へ進んでいった。

 そして、

(向日葵!!)

 人ごみの端っこの方を、うつむきがちに歩く向日葵の後ろ姿が、視界の遠くに入った。
 すぐその間に、背の高い別の人が入ってきてしまう。櫻子は向日葵の姿を絶対に見失わないようにと、割っていけそうな隙間をみつけて距離を縮める。

 もう少し、あと少し。人の波をかきわけて、向日葵に近づいていく。

「向日葵っ!」

 声をかけると、向日葵が立ち止まった。後ろを振り向こうとするその背中に、櫻子は思いっきり飛びついた。

「きゃっ!?」
「はぁ……はぁ……」
「さ、櫻子……?」

 勢いがよすぎて、ほとんどもたれかかるように向日葵に抱き着く形となった櫻子。
 向日葵の目じりには、キラキラと涙が浮かんでいたような気がした。
 呼吸を整えながら人ごみの邪魔にならない端の方へと移動する。向日葵はあわてて目を拭いながら、櫻子の背中をさすった。

「ど、どうしたんですの櫻子。さっきの子たちは?」
「い、行ってもらった。いいの、あの子たちはっ」
「本当にいいんですの……?」
「いいに決まってんじゃん!! 今日は向日葵とっ……!」

 そのとき、

「あ……」

 夜空に満開の花が咲いた。




21:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:10:18.12:49voo3/L0 (21/24)

 鮮やかな光が薄闇を切り裂くようにぱーんと広がり、辺りからわっと歓声が上がった。いつの間にか、花火の開始時刻になっていたようだ。
 ぱんぱんぱん、と続けざまに花火が打ちあがる。
 赤、緑、オレンジ。色とりどりの光が、向日葵の顔をほのかに照らす。
 そのまんまるい目を見て、櫻子は向日葵の手をしっかりと握り直し、もう離すまいと心に固く誓った。
 
 ついさっきの、遠慮がちに去っていこうとする向日葵の笑顔を思い出す。あの顔を見た瞬間、向日葵の気持ちが胸の中に一気に流れ込んできたような気がして、むなしさや寂しさがぐちゃぐちゃになったもので心がいっぱいになって、とにかく向日葵をそんな気持ちにさせてはいけないと、身体の中の無意識が強く警鐘を鳴らしていた。
 祭りの喧騒の中でもその鐘の音にちゃんと気付けたのは、冷静になれたおかげだろうか。
 向日葵はしばらく花火を見ていたが、握られていた手がふるふると震え出したことで、目の前の櫻子が花火を見ずにうつむいて肩を震わせていることに初めて気づいた。

「……ごめん、向日葵」
「えっ?」
「一人にさせちゃって……ごめん」
「櫻子……」
「あんなとこで一人にされて、嫌な思いしないわけないのに……あれだけ楽しみにしてて、せっかく来たのにすぐ帰るなんて、そんなのっ、いいわけ……ないのに……っ」
「ちょ、ちょっと……」

 たどたどしく言葉をつむぎながら、櫻子はなぜか涙が止まらなくなっていた。

 向日葵の気持ちに向き合い、物悲しさで胸がいっぱいになってしまった数秒間。
 向日葵が楽しくなければ自分も楽しいわけがないとわかっていたはずなのに、それでも手を放してしまった一分間への後悔。
 そしてこのまま見つからなかったどうしようという不安から解き放たれたことへの安心感。いろいろな感情でいっぱいになってしまい、それが目から溢れるのを止められなくなっていた。

 向日葵の肩口に顔をうずめ、熱い涙を染みこませていく櫻子。向日葵は困惑しつつも、子どものように泣きじゃくる櫻子がどこか可愛くて、そして自分の元に戻ってきてくれたことが嬉しくて、ぎゅっと優しく抱き留め、そして花火が打ちあがる夜空を眺めた。

「ほら櫻子、泣いてちゃ花火も見えませんわ」
「ご、ごめん……こんな変なとこで見ることになっちゃって……」
「いいじゃないの。よく見えますわ」
「でも……」
「あ、そうそう」

 向日葵はスマホを取り出すと、ある地図を見せてきた。

「撫子さんが、見るならここがよさそうっていう場所をさっき教えてくれたみたいですわ。あなたのスマホにもメッセージ来てますわよ」
「……ほんとだ」
「まだまだ終わるまでには時間ありますし、移動してみます?」
「……うんっ」

 ごしごしと目をこすり、向日葵に手を引かれて歩き出す櫻子。

「ほらほら、いつまで泣いてますの?」

 向日葵は後ろを振り返り、泣き顔の櫻子に笑いかけた。
 その姿は少しだけ、夢の中の情景と重なったような気がした。




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