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【ゆるゆりSS】きもちに寄り添う数秒間 (24)(完)


8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:52:28.87:49voo3/L0 (8/24)

 買ったばかりの白い日傘を取り出し、可愛らしげなストラップを外しながら、撫子は妹に声をかける。

「そういえば、ひま子と仲直りできたみたいだね。昨日うちに来たんでしょ?」
「あー、うん」
「してみたの? アンガーマネジメント」
「あっそれ! それやったらなんか向日葵が大人しくなって、一緒に遊ぶことになった!」
「……なにそれ」

 わかんないけど、でも上手くいったの! とピースする櫻子を見て、撫子は可笑しそうに笑った。
 きっと、向日葵が大人しくなったのではなく、櫻子が大人しくなったのを見て向日葵が矛を収めたのだろうと予想する。6秒の間に櫻子が何を思ったのかはわからないが、ケンカの最中に大人しくなるだけでも充分効果があったのだ。
 すぐ感情的になる櫻子には難しいかもしれないと思いながらも聞かせてみただけたったのだが、とりあえず丸く収まったようだと安心し、撫子はぱすんと日傘を差した。

「じゃあね」
「いってらっしゃーい」

 撫子の日傘が遠くに消えていくのと同時に、今度は花子が庭への窓を開けてやってきた。タオルを持ってきただけかと思ったら、ちゃっかりとスクール水着を身に着け、丁寧に水着帽まで被っている。

「なに花子、準備万端じゃん!」
「タオル持ってきてあげたんだから、これくらい当然の権利だし」
「そんなに櫻子様と遊びたかったのか~、このこの~♪」
「きゃっ! 冷たい!」

 庭に出てきた花子の足にホースを向けて水を少しかけ、櫻子は楽しそうに笑った。
 空は昨日に負けないくらい青く澄み渡っており、遠くには今日も大きな入道雲が見える。厳しい日差しに思わず目を細めながら、そろそろとプールの中に足を入れる花子を眺め、櫻子はぐぐっと背を逸らした。




9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:54:15.85:49voo3/L0 (9/24)

「あーあ、今年の夏休みはいっぱい夏らしいことしたいなー」
「今してるし」
「これもそうだけど、もっといっぱい! ちゃんとしたプールも行きたいし、海も行きたいし、キャンプも行きたいし~」
「そんなに遊んでばっかりだと、またひま姉に勉強しろって怒られるよ?」
『その通りですわ』
「わーっ!」

 先ほど撫子が出ていった玄関の方面から突然向日葵が現れ、櫻子は驚いてチェアから飛び上がり、そのまま体勢を崩してプールにじゃぽんと膝をついた。まだ水着に着替えていなかったのに、ショートパンツの裾が濡れてしまう。

「ひま姉、どうしたの?」
「撫子さんからちょうど今メッセージが来たんですわ。『うちの庭に来てみて』って」
「び、びっくりした……」
「もう少し水溜まったら、楓も呼んであげてほしいし」
「そうですわね。声かけておきますわ」

 櫻子は浅く張り始めた水に膝をつけたまま、先ほどまで自分が座っていたチェアにすらりと腰掛ける向日葵を恨めしそうに見上げた。白いワンピースが青い空に映えてとてもよく似合っていた。
 手元のホースからは今もプール内に溜める水が勢いよく出ている。ふとこれを向日葵の方に向けて水をかけたい衝動に駆られそうになったが、

(う……)

 とっさに目を閉じて6秒を数えようとし、ものの2秒ほどでホースを持ち上げようとしていた手から力を抜いた。

 向日葵が着ているこの服はまだ見たことがない。きっと新しいものなのだろう。それを濡らしたらとんでもなく怒られるような気がしたので、大人しく踏みとどまった。逆にホースが暴れないようにしっかりと押さえておくことにした。

「それで、何を話してたんですの?」
「櫻子が、夏休み何して遊ぶかってことばっかり考えてるから、勉強もしないとひま姉に叱られるって言ってたところだし」
「さすが花子ちゃん。よくわかってますわね」
「でも勉強ばっかりでもつまんないでしょ! せっかくの夏休みなんだから!」
「まあ、そうですけど」

 柔らかな表情の向日葵を見て、櫻子はふと昨日のことを思い出した。ちなつやあかりと一緒に勉強しながら、四人で遊ぶ予定をいくつか立てたのだが、向日葵はあまりその会話に入らず、決まったことを笑顔で聞き入れているだけだった。

 向日葵は、してみたいこととかないのだろうか。

 いつもいつも、自分がこうしたいああしたいと向日葵に一方的に伝えて、それに付き合ってもらっていることが多いので、向日葵の予定に合わせて何かをしたことがない。あっても夕飯の買い物に付き合うとかで、それは櫻子の基準で言えば「遊び」とはいえないものだった。




10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:55:13.49:49voo3/L0 (10/24)

「向日葵は……」
「?」
「向日葵は、何かしたいことある?」

 櫻子はゆらゆらときらめく足元の水面に目を落としながら、向日葵にぽつりと尋ねてみた。べつに特段不自然な会話というわけでもないのに、なぜだか少しだけ心がむずがゆかった。
 しかし向日葵は青空を見上げ、「そうですわねぇ……」と考え込むと、

「特にないですわね」

 あっけからんとそう言い、櫻子はまた背中からプールにひっくり返りそうになった。

「ないの!? 噓でしょ!?」
「でも赤座さんたちと遊ぶ予定は昨日立てましたし」
「それだけじゃないでしょ! もっとしてみたいこととかあるでしょ! 夏休みはいっぱいあるんだから!」

 向日葵はまた首をかしげながら考える。何をそんなに難しく考える必要があるのかが櫻子にはわからない。「櫻子みたいに年がら年中遊ぶことしか考えてない人ばかりじゃないんだし」と花子に言われ、櫻子は手で水をすくって花子の頭にかけた。

「じゃ、じゃあ今日は?」
「?」
「今日は何する予定だったの? まさか初日から一日中宿題ってわけじゃないでしょ?」
「それでもいいかと思ってましたけど……そうですわねぇ」

 普段あれだけ将来のことも考えなさいとお説教してくるくせに、自分の今日の予定すら立てていない様子の向日葵に愕然としそうになる。しかし「あっ」と思いついたようで、櫻子は「なになに?」と身を乗り出してその答えを待った。

「そういえば、図書館に行こうと思ってたんでしたわ」
「……」
「読書感想文の題材にする本を探すのと、あと普通に読みたい本も探したいところだったので」

 なぜか無性に、今日は向日葵の予定に付き合ってあげようという気になっていたのだが、「図書館は遊ぶところではないでしょ……」という気持ちがどんどん櫻子の表情を固くさせていく。頭の中では海辺の砂浜できゃっきゃと楽しむ絵が浮かんでいたのだが、さすがに図書館できゃっきゃはできない。





11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:56:24.61:49voo3/L0 (11/24)

「行けし」
「うひゃーっ!」

 櫻子が固まっていると、花子に頭からホースの水をかけられ、櫻子は思わず身を縮こめた。

「いっつも自分の予定にひま姉を付き合わせてるんだから、たまにはひま姉の予定に合わせてあげるべきだし。ていうか櫻子だって読書感想文あるんだから、なんか借りてこいし」

 首元や背中にかけて、あっという間にTシャツを濡らしてしまった水の冷たさを、身体を硬直させて我慢する櫻子。なぜか無性に懐かしい気がするその感触が、過去の情景を思い起こさせる。
 今までも向日葵が図書館に行くと言っていたことは何度もあった。しかし櫻子はそのたびに「へーそうなんだ……」「行ってらっしゃ~い」と見送る側になっていた。一緒に行ったことも少しはあった気がするが、とても退屈な思いをしたという記憶だけが残っている。活字ばかりの本が苦手な櫻子にとって、図書館は未だに楽しさがわからないスポットのひとつだった。

「図書館ねえ……」

 ここまで濡れてしまったらもういいやと思いながら、プールの底にしりもちをついて向日葵を見上げる。

「…………」

 向日葵は、眉を下げて微笑みを浮かべていた。
 その表情を見て、櫻子の胸の中にとくんと何かが芽生えた。
 笑顔ではあるが、どことなく寂しそうな、なんだか諦めに近いような、そんな複雑さが交った表情だった。

 今まで何度誘ってもついてきてくれなかったから、たぶん今回もだめだろうと思っているのだろうか。
 本当は、一緒に来てほしいのだろうか。

(向日葵……)

 いち、にー、さん、しー。
 櫻子の胸の中で、自然とカウントが始まる。向日葵の大きな瞳がこちらを向く。

「……櫻子?」

 その声が耳に届いたとき、答えが出た。




12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 22:57:04.63:49voo3/L0 (12/24)

「……いつ行くの?」
「え?」
「図書館。行くんでしょ。しょーがないから私もついてったげる」

 向日葵はその返答を聞き、一瞬目を丸くして驚いたが、やがてふわりとした笑みに戻り、

「それじゃ、お昼を食べたら行きましょうか」

 そう言って、楓を呼びに自分の家へと戻っていった。
 その笑顔が妙に脳裏に焼きついて、後ろ姿もどことなく嬉しそうに見えて。
 櫻子はショートパンツの中にまで染み込んでくる水の冷たさを感じながら、その後もしばらく虚空を見つめて、向日葵のことを思い浮かべていた。

 やっぱり着いてきてほしかったのかもしれない。これまでもずっと、一緒に行きたかったのかもしれない。それを私は、何も考えずにずっと断り続けていたのかもしれない――。
 急に大人しくなってしまった櫻子を不思議そうに見つめつつ、微笑ましい気持ちになっていた花子は、言葉をかける代わりに手で掬った水を優しく頭からかけた。

「えらいし、櫻子」
「な、なにが」

 犬のようにぷるぷると顔を振って水気をきる。

「ひま姉、嬉しそうだったし。この前まであんなにケンカしてたのに、すぐ仲直りできてすごいし」

 花子の無邪気な笑顔を見て、ついこの間まで向日葵とのケンカで不安な思いをさせてしまっていたことを櫻子も思い出す。
 向日葵の表情が柔らかくなったのも、花子を笑顔に戻せたのも、ぜんぶハンガーなんちゃらのおかげなのかもしれない。腰元の水をちゃぷちゃぷと手で掻きながら、櫻子はぽつりと呟いた。

「嬉しいのかな、こんなので」
「ひま姉はきっと、嬉しいって思ってるし」
「ふーん……」
「あ、図書館行くならついでに花子が借りてた本も渡すから返してきてね」
「行く用事あったんかい! 花子も来ればいいじゃん!」
「花子はこのプールで午後も楓と遊ぶっていう用事があるんだし」
「ずるい! 私がそっちやるから、花子が向日葵と図書館行ってきて!」
「それじゃ意味ないし!」




13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:00:49.15:49voo3/L0 (13/24)



 結局、お昼ご飯を食べた後、図書館には花子と楓も含め四人で行くことになった。
 櫻子は読みたい本を見つけたわけでも、じっと読書に集中できたわけでもなかったが、マンガ形式で偉人を紹介する本を見つけてぱらぱらとめくってみたり、楓が選んだ絵本を端の方で静かに読み聞かせてあげたりと、そこそこ楽しく過ごせていた。

 読書感想文で書けそうな本を探しなさいと向日葵に言われ、よくわからないままに適当に本棚をめぐっているとき、

(あっ……)

 アンガーマネジメントについて書かれている本があるのを見つけた。

(これだ……ねーちゃんが言ってたやつ)

 手に取って中身を見てみる。想像以上に難しそうな本だったので「うげっ」となってしまったが、いくつかの図解などを見ていると、撫子に言われたことがちらほらと書いてあったりして、納得するような部分もあった。

(6秒数える以外に、深呼吸とかでもいいんだ……)

「なに読んでるんですの?」
「ひっ!」

 いつの間にか隣に来ていた向日葵にこそっと話しかけられ、櫻子は慌てて本を元の棚に戻した。べつに見られて困るものではなかったが、難しそうな本を読んでいることがどことなく気恥ずかしくて、向日葵には見られたくなかった。




14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2024/09/07(土) 23:02:18.74:49voo3/L0 (14/24)

「見つかりましたの? いい本」
「ううん。でも、向日葵のと一緒でいいよ」
「だめですわ。ちゃんと自分が読みたい本にしないと」
「向日葵が読んでるものを私も読みたいの!」
「えっ……?」
「……だって、それなら写せるじゃん!」
「……そんなのダメに決まってるでしょう」

 向日葵に小突かれ、花子に「しーっ」と静かにするようたしなめられ、櫻子は別の棚へと歩き出した。
 咄嗟に出てきた言葉だったが、向日葵が読んでいる本を読みたいというのはあながち嘘ではなかった。向日葵がどういうものに興味があって、どういうものが好きなのか、ちゃんと知りたいという気持ちが、今日図書館に行こうと誘われた今朝のあのときから、ずっと自分の中にあったのだ。
 もっとも、それを正面から伝えることは、恥ずかしくてできそうにないが。



 図書館からの帰り道、コンビニに寄ってアイスが買いたいという櫻子の提案で、みんなで自宅付近のコンビニに立ち寄った。
 アイスの棚の前で楓を抱っこしてどれがいいか選んでもらっているとき、とあるアイスが櫻子の目に入った。
 少し前に学校で向日葵が友達と話しているときに、これが好きだと話題に上がっていたものだ。
 自分はその会話に参加していたわけではなかったのだが、近くの席から耳を傾けていたときに聞いて、「そうだったんだ」と心に留めた記憶がある。
 櫻子はひょいっとそのアイスをとり、向日葵の前に突き出した。

「向日葵はこれ?」
「あら、どうして私がそれ好きだって知ってたんですの?」
「べつに。なんとなく」
「ええ、じゃあそれにしますわ」

 すぐ隣で「楓が話したんですの?」「ううん、楓も知らなかったの」と話す声を聞きながら、櫻子は自分のアイスを選ぶ。友達との会話を盗み聞きしていたとは、気恥ずかしくて言えなかった。

「あっそうだ、じゃあ向日葵も私のやつ選んでよ!」
「えっ?」
「私が好きなやつ、向日葵なら知ってるでしょ?」
「あなたが好きなの……パプコ?」
「ぶっぶー、ちがいまーす」
「うそ、櫻子はパプコ大好きだし。この前ふたついっぺんに食べてるとこを撫子おねえちゃんに見られて、しばらく『パプ子』って呼ばれてたし」
「ちがうの! 大好きだけど、今日はその気分じゃないのー!」
「全然わかりませんわ」

 勘の悪い向日葵に、アイス棚のアイスを指さして最近の個人的アイスランキングベスト3を直々にレクチャーする櫻子。
 自分は向日葵の好きそうなものはどれか、アンテナをしっかり立てて把握しようとしているのに、向日葵が全然鈍いままなのが少しだけ悔しかった。




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