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【ウマ娘怪文書】「年の瀬の大勝負、有馬記念。この後はいよいよ枠順の発表です」無音の部屋の賑やかしに点けたテレビから流れ出した音で、ああ、今年もそんな季節かと今更のように思い出す。それを一時忘れてしまうほど、去年までの数年と今年の一年は違っていたのだ。


1: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:02:15

「…誰が勝利してもおかしくない、今年も非常にレベルの高い一戦となることは間違いなさそうです。年の瀬の大勝負、有馬記念。この後はいよいよ枠順の発表です」
無音の部屋の賑やかしに点けたテレビから流れ出した音で、ああ、今年もそんな季節かと今更のように思い出す。去年自分が走って優勝したレースに随分な言い草だとは思うが、それを一時忘れてしまうほど、去年までの数年と今年の一年は違っていたのだ。
志望理由書の中でしか使えない言葉遣いを随分覚えた。爪の先ほどの油汚れを気にする神経質な主婦のように、苦手な科目の間違えた問題を何度も解いた。やっている間は世界で一番退屈な作業だと思っていたし、もう一度やれと言われたら一目散に逃げ出そうと思うけれど、終わってしまえば何故か少し寂しい。今までの苦労を合格の通知ひとつで忘れてしまうのだから、アタシもとんだ現金な人間だったということに今更のように気付かされて、ほんの少し苦笑してしまった。




2: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:02:33

今だって同じただの作業のはずなのに、入学手続きの書類を書くのは、レースの後のウィニングランのような静かな達成感があるのが少しだけ可笑しい。
勝てば天に上るほど嬉しくて、負けたら死にたくなるほど悔しい。限りなく単純で限りなく大きなレースの世界から一度身を引いて、有意義だけれど無味乾燥な作業に一年間浸るというのは、アタシの中に随分と違う感覚を作っていったような気がする。
志望校に受かったことをあいつに伝えに行くときは、合格発表を見るときよりも気持ちが動いた。レースで勝ったときと同じくらい嬉しくて、誇らしくて。
でも、アタシの合格をアタシが思っていた以上に、自分のことのように喜んでくれたあいつを見ると、今まで忘れようとしていたことを嫌でも自覚して、少し寂しくなった。

来年の春には卒業する。もう次の進路も決まった。
だからもう、トレーナーと担当じゃなくなる。






3: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:02:44

在学期間はまだ一年残っているけれど、自分はもう満足いくまで十分走った。
あんたのおかげで、走ることにけじめをつけられた。だから今度はちゃんと、自分がどう生きるのかを自分で決めたい。
引退を決めた一年前のアタシが、この言葉をあいつに伝えるために、どれだけの勇気が必要だったかは、アタシしか知らなくてもいいことだ。
タイシンがどんな選択をしても俺はタイシンを応援してる、と言ってくれたあいつの言葉はあまりにも想像通りすぎて、少し笑ってしまったけれど。
でも、伝えたかったもうひとつのことは、結局言えずにここまできた。

──今日はきっと、その日になるだろうか。
コートを着て寒空の下に出たあとでも、そんなことをずっと考えていた。





4: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:02:54

公園のベンチに腰掛けてあいつを待つ。寒いはずなのに、考え事ばかりしているからちっともそう感じない。
今日はただ、あいつと待ち合わせをしているだけだ。どこに行くかは決めていない。
いや、行きたい場所はあった。約束をしただけで胸がいっぱいになって、あいつが行き先を聞かないのをいいことに、今までずっと言い出せないでいた。
逃げ道が欲しかった。ただあいつに会って、一緒に食事をして、彩りを増した街を見ながら、今までと同じように話をする。アタシとあいつがこれからどうなるのかも、どうなりたいのかも、言わずに済む。
今まで随分迷惑をかけてきたと思う。あいつがそんなことを気にする奴じゃないことはよくわかっているはずなのに、気がつけばそんなことばかり考えている。
──やっぱり、怖い。
自分の気持ちを、言葉にして伝えるのは。




5: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:03:05

でも、あいつが白い息を吐きながら走ってくるのを見たら、そんな考えは全部綺麗に頭の隅に追いやられてしまって。
「ごめんな。寒かったろ。
ちょっと仕事が長引いてさ。待たせちゃったな」
少し頬の赤くなった顔を見ると、怒るよりもずっと、心配と安心が押し寄せてくる。
「知ってる。
だから急いで来たんでしょ。手袋も忘れるくらい」
きっと違う理由で赤くなった指先も、全部わかってしまうくらいに。

「…バレたか。
でも、走ってたらどうでもよくなっちゃってさ」
いつもそう。そうやって、寒いのも痛いのも何も知らないみたいに、無邪気に笑って。
でも、そんな子供みたいな笑顔の中に、何かに思いを馳せるように目を細めて、優しく穏やかに微笑む顔があるのを、アタシは知ってる。
「ありがとうな。こんなに寒いのに」

誰かのことを思って笑うときのそんな笑顔が、どうしようもなく好きだった。




6: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:03:17

やっぱり、あんたはそうなんだね。
「いいの。
…待っててあげたかったから。あんたのこと」
やっぱり、アタシは諦めたくない。あんたのこと。
あんたの顔を見て、心からそう思った。
「…そっか。ありがとう。
とりあえず店入ろうか。寒いだろ」

だから、あんたの袖を摘んで引き止めるのも、もう躊躇わない。
「…その前に、ちょっと行きたいとこあるんだ。
…ついてきてくれる?」




7: 名無しさん(仮) 2023/12/24(日)01:03:49

展望台の広場には、ささやかにライトアップされた大きなクリスマスツリーが、遮るものがひとつもない空に手を伸ばすように聳えていた。煌びやかな眼下の街の夜景を引き立てるように、あるいはその光に疲れた人を癒すように、穏やかに移り変わるこのツリーの光が、アタシは好きだった。
分かりやすい派手さはなく、周りに店があるわけでもないからか、ロープウェイを使わなければ来られないような場所だからか、人が疎らで静かなことも、アタシの性に合っていた。
これからすることを思うと、去年とちっとも変わらない景色があることに、それだけで安心する。




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