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【ウマ娘怪文書】頬に冷たい雫が少し当たって、これから何が起こるのかを予感する。俄に厚い雲がかかり始めた空に掌を向ければ、同じものがぽつぽつと落ちてきた


1: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:14:25

「あ」
頬に冷たい雫が少し当たって、これから何が起こるのかを予感する。俄に厚い雲がかかり始めた空に掌を向ければ、同じものがぽつぽつと落ちてきた。
今日は雨は降らないと言っていた気がする。トレーナーが。いつも天気予報なんて見ないから、心配して出かける前に教えてくれるようになった。
とすれば、これはにわか雨だろうか。すれ違う人が傘を持っていないと言って、慌てて建物の中に入ろうとするのが見える。
勿体ないなぁ、と心の中で呟いた。




2: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:14:50

雨はこんなに優しいのに、みんなに嫌われて可哀想だなと、子供の頃から思っていた。軒先で屋根に当たる雨の音を聴くのも、一心不乱に駆け抜けた後の熱い身体を雨が冷やしてくれるのも、こんなに楽しいのに。
けれど、雨が降る度にみんながそれを避けるのを見ていると、外の世界を自分のために空けてくれているように思えて、なんだかわくわくしてしまう自分もいた。
「〜♪」
いつものように歌を唄って、雨の中に駆け出していきそうになるけれど、手に持っていた荷物が窘めるように音を立てて、今日はそういうわけにもいかないということを教えてくれた。
「あは、そうだったね」
アタシは濡れても構わないけれど、これを濡らすのは面白くない。漸くアタシも道行く人に倣って、雨を凌げる場所を探すことにした。

いつもの雨の日と違って、今日の行き先はきっとみんなと同じだ。でもその足取りは、ずっとずっと楽しいものだった。






3: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:15:23

公園の真ん中に立つ大きな樫の木の下に腰を下ろして、その幹に凭れて疲れを癒す。晴れていたならきっと、ピクニックの家族連れがたくさんいたのだろうな、と思いながら、今や自分だけの特等席になったそこに腰を下ろした。
だが、どうやら先客はいたらしい。
「ごめんね。ちょっとお邪魔してもいい?」
木の下に座り込んでいた黒猫にそう告げて、彼の邪魔にならないように少しだけ離れた場所に自分も座る。少しだけ眉を顰めたけれど、ぷいとそっぽを向いただけで逃げはしない彼を見て、一応の許可は頂けたと少しだけほくそ笑んだ。

青々と茂る葉に雨粒が当たったときの音は、硬い屋根のそれよりもずっと優しく響く。力強く大きな木の幹は、さっきまで燦々と照りつけていた陽の光をいっぱいに吸っていてまだ温かい。
そこに背中を凭れれば、静かだけれど力強い木の鼓動が伝わってくるような気がした。
「気持ちよさそうだね」
騒がしい人の波から解放されて、優しい雫に思うさま身を浸す。
この木もきっと、そんな喜びを知っているんだろう。
だからきっと、こんなに温かくて、優しい音がするんだ。





4: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:15:41

木が唄う静かな歓喜の歌に、耳を澄ませて浸り切る。何もかもが雨粒で薄く烟って、世界の焦点が優しくぼやけていく。
雨宿りも、たまにはいいな。
こんな優しい世界が、雨の向こう側にあるのなら。




5: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:15:52

少しだけ雨足が弱まって、降ってくる音も心なしか控えめになる。荷物を雨から守る必要はあったし、雨を避けて見えた景色も美しかったけれど、だからこそこの雨を一度も味わわずに帰るのは、ひどく勿体ないと思った。
荷物は木の下に置いた。これで遠慮なく踊れると、雨の中に駆け出していこうとした、そのとき。
自分を呼ぶ声が、どこかから聞こえた気がした。

傘を差した人影が、少しだけ早足でこちらに駆けてくる。ダンスの時間は水入りになってしまったけれど、悪い気はしなかった。
彼がどうしてここに来たか、すぐにわかったから。
「あは、濡れちゃうよ?」
一生懸命な彼には悪いなと思うけれど、走るのに向いた靴でもないだろうに水を蹴立てて来る彼がなんだか可愛らしくて、ついくすくすと笑ってしまう。
「やっと見つけられたから、うれしくて」
アタシに会えたことをただ純粋に喜ぶ屈託のないその笑顔を見ると、彼が迎えに来てくれたのだなと実感する。
それが、何よりも嬉しい。




6: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:16:11

「いくら雨が好きでも、流石に心配になるよ」
今は少し上がりかけている雨も、さっきまでは彼が不安になるくらい強く降っていたらしい。雨粒が冷たさを帯び始めるこの季節でもお構いなしに雨の中を散歩して、濡れ鼠になって帰ってくるアタシをいつも彼は世話してくれるのだけれど、今日はそれが彼を心配させてしまったらしい。
「いいじゃん。濡れるの好きだし」
わざとらしく頬を膨らませて、形だけの抗議をしてみる。雨に濡れる楽しみを捨てることはないけれど、アタシを心配してくれることが嬉しいから。
「風邪を引いたら面白くないだろ?雨を楽しむのは止めたりしないから、迎えにくらい行かせてくれ」
アタシの歩調を崩すことなく、そうやっていつもきみが寄り添ってくれるのを、知っているから。




7: 名無しさん(仮) 2023/10/15(日)00:16:24

「というか、よくわかったね。アタシがここにいるって」
素朴な感想を口にしたアタシを見遣る彼は、なんだか少しだけ誇らしそうに見えた。
「前にこの辺を通ってさ。シービーが好きそうだなって、ずっと思ってたよ」
アタシのことを諦めないでほしいと、前に彼に行ったことがあったっけ。きみにはアタシを好きでいてほしいと、まだ言えなかったころのいじらしい思い出だけれど。

「一生懸命だよね。きみも濡れちゃってたかもしれないのに。
…ふふっ。ありがと」
今でも彼がそれを守って、アタシの心のそばにいてくれるのが、嬉しい。
何も言わなくても、心が通じ合ってる。そう感じる。




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