【2ch小説】寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。
13: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:26:50.95 ID:uxwqRYpB0
駅前の広場に行って、煙草に火を点け、
最後の一本を時間をかけて味わった。
煙草もそろそろやめなきゃな、と思う。
金食い虫だし、健康にもよくねえからな。
近くで鳩に餌をやっている老人がいたんだが、
それで食欲が湧いてしまう自分が情けなかったな。
もうちょっとで鳩と一緒に地面をつっつくとこだったぞ。
寿命、高く売れるといいなあ、と思った。
駅で時間を潰した後、俺は少し早めに店に戻り、
ソファでうたた寝しながら査定結果が出るのを待った。
二十分ほどして、俺の名前が呼ばれた。
妙だよな。俺、一度も名乗った覚えはないんだよ。
15: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:28:43.88 ID:uxwqRYpB0
査定結果を見て、俺は変な声をあげちまった。
一年につき一万円? 余命三十年?
ブックオフだってもう少しまともな値段をつけるぞ。
カメか何かの結果と取り違えたんじゃないのか?
でも、そこには確かに俺の名前が書いてある。
「これ、何を基準に決められてるんですか?」
俺はそう言いつつ査定表を女店員に見せた。
「色々です」と彼女は面倒そうに答えた。
「幸福度とか、実現度とか、貢献度とか、色々」
多分、こういう質問に飽き飽きしているんだろうな。
16: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:36:01.19 ID:uxwqRYpB0
女店員はシステムの詳細を教えてくれた。
本当は教えちゃいけないらしいんだが、
あんまりにも俺がしつこかったんだろうな。
特にショッキングだった情報は、一万円というのが、
寿命一年あたりの最低買取価格だったってこと。
ようするに、俺の人生は限りなく無価値に近いってことだ。
幸せになれず、また誰一人幸せにできず、
何一つ達成できず、何一つ得られないらしい。
「問題がなければ、こちらにサインをお願いします」
女店員がしびれを切らしたように言うが、
これを見て問題がないって言うやつがいたら、
そいつは脳の病院に行った方がいいと思うぜ。
だがその頃には俺の感覚は麻痺しちまっててさ、
自分の物や時間を安売りするのに慣れ過ぎてた。
で、ヤケになって、こう答えちまったんだ。
「三か月だけ残して、あとは全部売ります」
18: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:39:05.34 ID:uxwqRYpB0
三十万入った封筒を持って、俺は店を出た。
引きつった感じの笑いがこみあげてきたな。
何が悲しいって、俺の寿命の安さの理由、
俺自身、なんとなく分かる気がするんだよ。
だがそれについては考えたくなかったから、
帰り道に酒屋によって大量にビールを買いこんで、
俺はそれを飲みながら夜道をゆっくり歩いた。
酒なんて飲むのは本当に久しぶりだったね。
だからすっかりアルコール耐性もなくなってて、
俺は帰宅して二時間後には吐いてた。
余命三か月、最低のスタートを切ったわけだ。
22: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:49:53.07 ID:uxwqRYpB0
眠りにつけたのは朝四時くらいだったなんだが、
こういう日に限って、幸せな夢を見ちまうんだよな。
小学生の頃の夢だった。なんでもない夏休みの夢。
親の車で、幼馴染とキャンプにいった時の夢。
ああ、泣いたね。寝ながら泣いてたね。
無慈悲に幸福な夢から俺を救出したのは、呼び鈴の音だった。
無視し続けてると、俺の名を呼ぶ声がした。
ドアを開けると、見慣れない女が立っていた。
なんか条件反射的に喜んじまったけど、
その目つきを見て、俺は思い出した。
そいつは俺の寿命の査定をした女だったんだ。
「今日から監視員を務めさせていただくミヤギです」
そう言うと、ミヤギと名乗る女は俺に軽く会釈した。
監視員。そういえば、そんな話もあったっけ。
二日酔いの頭で昨日の記憶を探りつつ、
俺はトイレに駆け込んでもう一回吐いた。
23: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:55:02.70 ID:uxwqRYpB0
げっそりした気分でトイレから出ると、
監視員がドアの正面に立っていた。
最前席で聞きたかったのかな、俺の吐く音。
うがいをして水をコップ三杯飲みほすと、
俺は再びベッドに戻って横になった。
「昨日も説明しましたけど」と横でミヤギが言う、
「あなたの余命は一年を切りましたので、
今日からは常時、監視がつくことになります」
「その話、後じゃ駄目か?」と俺はミヤギをにらんだ。
ミヤギは「わかりました。じゃあ、後で」と言うと、
部屋のすみっこに行って、三角座りをした。
以後、ミヤギはそこから俺を定点観測し続けることになる。
似たような経験のある人には分かると思うが、
これをやられると生活のペースはすっかり狂う。
ほら、人に見られてるとできないことって沢山あるだろ?
24: 名も無き被検体774号+ 2013/05/07(火) 13:59:29.66 ID:uxwqRYpB0
寿命が一年を切った客には監視員が付くってのは、
確かにあらかじめ聞いていた話ではあったんだ。
ミヤギの説明によると、寿命が半年を切った客が、
ヤケになって問題を起こすことがあまりに多いから、
それを未然に防ぐために監視員が導入されたそうだ。
もし俺が他人に多大な迷惑をかけそうになったら、
監視員が本部に連絡して、俺の寿命を尽きさせるらしい。
トラヴィス・ビックルにはなれないってこった。
ただ、最後の三日間だけは、監視員も外れて、
純粋な自分の時間を満喫できるそうだ。
統計的に、そこまでくると人は悪さをしなくなるとか。