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【ウマ娘怪文書】「着いたね。ふふ、きみのが汗だくだ」可笑しそうに道の先で微笑む彼女の表情も、清らかな水のように身体に染み渡る気がした。


1: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:22:07

森の中の長い獣道を抜ければ、七月の日差しは頭上から容赦なく照りつけてくる。それでも浜辺から吹く潮風が肌に染み付いた湿気を覿面に吹き飛ばしてくれて、汗に塗れた不快さはすぐに消え失せた。
「着いたね。
ふふ、きみのが汗だくだ」
可笑しそうに道の先で微笑む彼女の表情も、清らかな水のように身体に染み渡る気がした。
「ここか?来たかった場所って」
「うん。っていうか、きみも一度来てるよ」




2: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:22:35

夏合宿の初日、バスを降りるなり走り込みをしようと言い出したシービーには少し面食らったが、トレーニングに励もうと言っている担当を放っておいてはトレーナーの名折れと思い、急いで自転車を担ぎ出して彼女の後を追った。炎天下の中で一心に走る彼女について行くのは一苦労だが、トレーニングというのだから疲れたとしても彼女の世話になるわけにもゆかず、いつしか彼女が道路を外れて山道に入っていったことに気づいたときには、それを指摘する元気もなくなっていた。
今や半分お荷物となった自転車を押しながら楽しそうに鼻唄を歌う彼女の後を追って辿り着いた景色は確かに彼女が好みそうな爽やかさがあったが、自分がここを訪ねた記憶はない。




3: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:22:57

「そうだったか?」
「そうだよ。でも、すぐ帰っちゃったけどね。アタシのこと引っ張ってさ」
そのひとことで思い出した。去年の合宿、バスの出発が近づいてもなかなか帰ってこない彼女を探して、合宿所の近くを歩き回った末にここに辿り着いたのだった。その時はバスの発車時間が迫っていたから、彼女を連れて戻ることに気を取られて忘れてしまっていたのだけれど。
「ごめんごめん。でも、しょうがないだろ?
シービーはともかく、俺は歩いて学校に帰るなんてできないからな」
「怒ってないよ、別に。
でも、だから今年は一番最初にここに来ようと思ったんだ。もちろん、きみも一緒に」
ここまで流した汗は、遊興に水を差された彼女のちょっとした意趣返しといったところだろうか。ときに自由人の手綱を取る役の代償としてそれを受けることは吝かではないが、どうも彼女の悪戯っぽい笑顔はまだ何かを企んでいるらしい。





4: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:23:19

「何をするんだ?」
彼女と腹の探り合いというのも面白いかもしれないが、ここはいっそ腹を括ってまっすぐに彼女に訊ねてみることにする。
「昔見た映画でさ、憧れてるシーンがあるんだ」
乗り気な様子に気を良くしたのか、彼女は首を傾げてもう一度楽しそうに微笑んだ。
「海の見える坂道を、自転車で一気に駆け降るんだ。二人乗りでさ、背中に掴まって」

トレーニングと言ってここまで来た理由がわかった気がした。誂えたように佇む自転車と彼女の顔を交互に見遣るこちらの様子を見て企みが上手く行ったことを悟った彼女は、愉快そうにスキップをして、自転車の荷台に腰掛けた。
「やられたな」
「ふふ、そうだね。
ほら、早く行こ?」
彼女の遊びに上手く付き合わされたことがむしろ嬉しいと思っている自分がいることに、すっかり毒されているなと自省する。
サドルに腰掛けた背中で楽しそうに身体を揺らしている彼女を見て、そんな思いもすぐに掻き消えてしまうほどに。




5: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:24:11

「しっかり掴まってるんだぞ?」
「大丈夫だよ。行って?」
前輪の際を坂道の始まりに載せた自転車は、あっという間に勾配を転げ落ちてゆく。はじめのうちは何かあったらすぐ止められるようにとブレーキに手をかけていたが、すぐにその心配も消え失せた。
上も、下も、抜けるような青に包まれる。その青の狭間を、風と一緒に駆け抜ける。
目に風が当たって痛いはずなのに、瞼を閉じる気になれない。そのくらい、この景色は美しかったのだ。
「思った通りだし、思った以上だ。
すごく綺麗。ずっと、ここにいたい」
どんどんと流れてゆく景色の中でも、彼女の声ははっきりと聞こえた。この景色ごと閉じ込めようとするように、腰に回された手に力が籠もった。

「いつかきみを背負って、一緒に走ったことがあったよね。
お返ししてもらっちゃった」
彼女の愛する世界を少しでも感じたくて、慣れない風の中に身を置く。あのときも、今も。
「遅いだろ、全然」
でも、あのときは近づけても、辿り着くことは遂になかった。そのときよりも今はなお遅くて、彼女の走る速さにはまだ到底追いつけない。
自分の齎すものが、彼女に追い縋ることはない。




6: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:24:26

けれど。

「いいんだよ。
今は、これがいいの」

だからこそ、その言葉が嬉しい。
自分と同じ速さの景色も、彼女は同じように愛してくれるから。




7: 名無しさん(仮) 2023/07/17(月)01:24:38

かけがえのない想い出を抱きしめるような手の感触が、ずっと身体に残り続けていた。すっかり速度を緩めて海辺の道をゆっくり走っていると、思い出したように、ぽつりと彼女の声が聞こえた。
「麦わら帽子が欲しかったな」
「なんで?」
「潮風に飛ばされて、きみに掴まえてもらうんだ。
あのときのアタシみたいに」

前を向いていてよかった。
「そうだな。
後で買っちゃおうか」
「ありがと。
また、楽しみ増えたね」
口元が綻んでいるところを、彼女に見られずに済んだから。




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