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【ウマ娘怪文書】鏡の前で溜息を吐いている男がいた。カレンチャンのトレーナーである。あろうことか彼の髪の毛は頭頂部の周辺が綺麗な円形に刈り取られていた。「これじゃカッパだよ…うう…」


1: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)07:56:59

「はぁ〜……」
ある朝、鏡の前で溜息を吐いている男がいた。カレンチャンのトレーナーである。
憂鬱な彼の視線は、鏡の中の自分の顔の中でも最も高い位置、頭頂部に注がれていた。
あろうことか彼の髪の毛は頭頂部の周辺が綺麗な円形に刈り取られていた。
「これじゃカッパだよ…うう…」
つい昨日の出来事である。自分の担当ウマ娘であるカレンチャンは、『ツーブロック』という髪型をあまり好きでは無い、との情報を小耳に挟んだ彼は意を決して美容室に足を運んだ。






2: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)07:57:24

ツーブロック。特段意識してオシャレをしない彼でもその髪型くらいは知っている。かっこいいじゃないか、一度やってみたかった。そんな気持ちもあったし、最近ますます苛烈を極めている担当ウマ娘からの誘惑に対する対抗策になり得るなら、と喜び勇んで美容室に足を運んだ。
このヘアースタイル、簡単に説明すると髪の毛の横の部分をバリカンで刈り上げるのだ。カレンチャンのトレーナーにとって最大の不幸は、担当になった美容師が前日に夜更かしをして寝不足であった事。
そんなコンディションでバリカンを扱うものだから、一匹のカッパが誕生してしまった。代金は返してもらえたが、刈り取られてしまった、皿くらいの面積の髪の毛は数日やそこらでは戻ってこない…
カレンチャンからの好感度を抑制するにしてもこれでは人前に頭を出せないではないか。




3: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)07:58:20

トレーナーは悩んだ末に帽子をかぶって出勤する事にした。これも一つのオシャレだ。
と言っても普段帽子なんか被らない彼が唯一所持していた帽子は何故か鹿撃ち帽であった。シャーロック・ホームズが被っているやつである。紺色のスーツに対して浮きすぎてコーディネートもクソも無い。
いつもよりかなり早めに家を出た為、誰にも会わずに勤務先の校門をくぐる事ができた。
そんな彼の背後に忍び寄る影があった。アドマイヤベガのトレーナーである。
「おはよう!珍しいな帽子なんてして」
「ああ、おはよう…ちょっと気分転換にね」
「へぇ、似合うじゃないか。これから毎日被ってくればいいのに」





4: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)07:58:54

こんな事を言っているがこの男、昨日頭をカッパにされたカレントレーナーの後ろ姿を偶然目撃して知っているし、隙あらば帽子を脱がせようと考えている。嘘つき野郎である。
「ん?あれカレンチャンかな」
「えっ」
担当ウマ娘の存在を確認しようと振り向いたホームズの頭に、背後から嘘つき野郎の手が伸びた。
がしっ。
「そんな事だろうと思ったよ」
トレセン学園で同じトレーナーとして顔を突き合わせるうちに、この嘘つき野郎の考える事はカレンチャンのトレーナーにとって想像し易くなっていた。
「いやぁ…ちょっとした出来心で…」
言い終わるより早く、ホームズは駆け出した。スプリンターウマ娘ばりのスタートダッシュである。




5: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)07:59:22

「アヤベ、手伝ってくれない?」
朝の戦い以降、二人は数度にわたって帽子の中身を巡って激戦を繰り広げていた。しかし本気になったカレンチャンのトレーナーの瞬発力は凄まじく、一度も帽子の中身を公衆の面前に晒す事は敵わないでいた。
「バカなの?貴方」
担当ウマ娘のアドマイヤベガから心無い罵声が飛ぶ。普段なら心地良いが今は協力者が欲しいところだ。
「頼む!最初はほんの出来心だったんだけど、ここまできたらもう男の意地だ!」
「まるで子供じゃない…嫌よ、私カレンさんにも彼女のトレーナーさんにも嫌われたくないし」
「手伝ってくれたらデートしてあげるからさ」
ピクリ、とアドマイヤベガの耳と尻尾が跳ねた。
「何言ってるの?貴方とデートする事で私に何のメリットが」
「ごめん。そうだよな…こんな趣味の悪い事に担当を巻き込むのは最低だ。ちょっと頭を冷やし…」
「まあどうしてもって言うなら協力してあげるわ」




6: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)08:00:05

アドマイヤベガとそのトレーナーが企てた作戦は、結論から言うとあえなく撃沈した。
まず彼女がターゲットに声をかけ注意を引く。
「お願い、私の力じゃその瓶開かなかったのよ」
「君の怪力でも無理だったの?じゃあ俺も無理だと思うけどなぁ…」
「私怪力じゃないわよ」
この隙を狙って彼女のトレーナーが帽子をかぶったターゲットに攻撃を仕掛ける。完璧な作戦だった。ちなみに瓶は接着剤で封印されていた。
しかし二人はカレンチャンのトレーナーが煩悩に打ち勝つために最近筋トレを始めた事を知らなかった。瓶は開いた。勢い余って肘打ちをアドマイヤベガのトレーナーに炸裂させた。




7: 名無しさん(仮) 2023/05/21(日)08:00:22

「残念だったわね、でも惜しかったわ…お腹大丈夫?」
「いたたたた…うーん…なんとか…」
「でも約束は果たしたわよね。成否に限らず、協力したら…デートだったかしら?」
アドマイヤベガの尻尾は流星のようにはためいていた。少し恥ずかしくなった彼女は目を閉じながら喋り出す。
「ちょうど行きたいプラネタリウムのイベントがあって…あ、天体観測でもいいわよ私」
期待を込めまぶたを開いた時には彼女のトレーナーは既にいなくなっていた。




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