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【ウマ娘怪文書】揺れるバスの中、体を崩されないように柱を掴みながら少し後悔する。座れると思っていたのに。こんなことなら、電車にするべきだったろうか。


1: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:12:34

揺れるバスの中、体を崩されないように柱を掴みながら少し後悔する。座れると思っていたのに。こんなことなら、電車にするべきだったろうか。平日だというのに車内には多くの人。殆どは老人である。バスはマンションの並ぶ都会からアパートが並ぶ住宅街へと進んでいく。郊外、と言うには人口が多すぎる気もするがともかく普段過ごす場所とは違った雰囲気を纏っているのは確かだった。バス停の間隔は狭く、止まるたびに少しずつ乗客は減っていく。時間は夕方であるから、出先から自宅へ戻るために乗っている人がほとんどなのであろう。住宅街を抜けて再び大通りにさしかかった辺りで目の前の席が空く。座るように同伴者の彼女に促すが……

「いえいえ、私は疲れていませんので。トレーナーさんが座ってください」
「そうは言っても終点までまだ半分くらいだぞ」
「私のほうがトレーナーさんよりも体力があるのはご存知でしょう?別のところが空いたらそこに座りますので、お気になさらず」
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2: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:13:18

予想通り、彼女に言い負かせられてしまいシートに座り込む。こうなることが分かっていたのに譲ろうとしたのはちっぽけな大人としてのプライドの為だろうか。そう思うとなんだか情けない。

「お気になさらず、と言いましたよね?優しいところはトレーナーさんの長所ですが、考え過ぎはよくありませんよ?」

どうも、中途半端な葛藤も彼女に見抜かれていたらしい。なんとなく自己嫌悪に陥りそうな気分を切り替えるために窓の外に意識を集中する。子供の頃から何度も見た景色。橋をわたり大きな川を超えて終点へと向かっていく。特別、非日常的な目的地に向かう訳では無いが、普段見ていた景色と少しだけ違う隣町へと移っていくこの景色が自分は好きだった。移動にバスを選んだ理由でもある。電車だと乗り換えが面倒だというのもあるが。
風景を眺めながら幼い頃の思い出に浸っているとあっという間に終点に着く。




3: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:13:53

昔はあまり好きでなかったこの場所も、今では少しだけ昔に戻れるようで嫌いじゃない。大人になるということは、こういう場所を増やすことなのかもしれない。そんなことを考えながらいつの間にか後ろの空いた席に座っていた彼女と一緒にバスを降りる。この路線の終点は車庫であり、他の乗客はほとんど途中で降りていた。車庫と言っても街の中にあるのでここもやはり郊外とは呼べない。
ここから目的地までは歩いて5分ほど。道を知っている自分が彼女を先導しようと歩き出すと彼女が手を重ねてきた。一瞬戸惑うが、振り払う言い訳も思いつかなかったのでそのまま手を繋ぎながら車庫の横の細い道を通っていく。途中、住人を失ってゴミ屋敷となった一軒家や何年も前から貼り替えられていない政治家のポスターなどが目に入る。自分の記憶のまま残された街並みを見ていると、やはり昔に戻されるような感覚だ。しかし、握られた手から伝わる温もりが自分を思い出から現実へと引き戻す。目的地はすぐそこだった。

「これは……風情がありますね」
「ちょっと木が植えられてるだけだけどね。やっぱり緑があるときれいに見える」





4: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:14:24

久しぶりに訪れたこの場所は、やはり昔と変わらず思い出のままで。
「それじゃ、本堂に一礼してから中に入ろうか」
今日は祖母の命日、トレセン学園に就職して以来行けていなかった墓参りの日である。グラスの担当になってから3年間、自分が新人であったこともありそれほど遠くないこの場所を訪れる暇さえなかった。

「私から望んでおいてこんなことを言うのもおかしいですけれど……私もついてきてよかったのでしょうか?」
「僕はグラスが一緒に来てくれて嬉しいし、おばあちゃんもきっと喜ぶと思うよ。あの人、ひ孫を見たがってたしなぁ……」
「あらあら……」

尻尾を揺らしながら微笑む彼女を見て、自分の失言に気づく。

「あぁ、いや、ごめん。今のは変な意味とかなくて……」
「いえいえ。私も"まだ"そこまでは考えていませんので、大丈夫です」

さらっと問題発言が聞こえた気もするが、この場でそれを指摘できるほどの勇気はない。会話も程々にして墓地への道すがら売られている線香を購入し、祖母を含めた先祖が眠る墓へと向かう。
数年ぶりに見る墓石は、定期的に他の親戚が手入れをしていたようで周りと見比べても綺麗だった。




5: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:14:56

これなら花を入れ替えて水を流すだけで良さそうだ。木の桶に水を貯め、杓子で少しずつ掬って墓石を洗い流していく。この行為も数年ぶりで懐かしい。

「私も少し、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、上の方から流してあげて」

ふと空を見上げると、夜と夕方の陣取り合戦が終わりを告げようとしていた。端に追いやられた夕日が最後の抵抗と言わんばかりにオレンジ色に空の片隅を照らす。対照的に、空の大部分は青さをどんどんと濃くしていた。空から僅かに射すオレンジ色の光がグラスの横顔を照らす。彼女にはどんな色も似合ってしまうんだな、そう思った。

「こんな感じでいいでしょうか……?」
「うん。もう十分だろう」

線香に火をつけて供えると、手を合わせて祖母を偲ぶ。目を閉じると忘れていた思い出が次々と頭の中を駆け巡る。生前、彼女自身もよくこの場所を訪れていた。どうも、女性を連れてきたとなると早とちりされそうだが、グラスのことも含めてここ数年のことをまとめて報告しなくちゃな。
………一通り報告を終えると、目を開けてグラスの様子を確認する。




6: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:15:23

グラスも自分と同じように目を閉じて何かを思ってくれていたようだった。

「……僕のおばあちゃんに何を思ったんだい?」
「これからもトレーナーさんを見守ってくださいと……今は、それだけです」
「そっか。きっとおばあちゃんも喜ぶよ」
「次はもっと喜んでいただけるような報告をしたいですね」

そう言っていたずらっぽく微笑む彼女は、見惚れてしまうほど綺麗で。気づくと日は完全に落ちていて、辺りはすっかり暗くなっていた。

墓参りを終えると、寺を出て再び街の方向へと歩き出す。すっかり暗くなった帰り道は同じ道のはずなのに思い出とはすっかり表情が変わってしまっていた。

「せっかく一緒に来てくれたんだし、何かごちそうするよ……と言っても、この辺にお店はあまりないけど」
「でしたら………あそこなんてどうでしょう?ゆっくりお話も出来ると思いますし」

彼女が指差す先には安価で学生にも人気のファミリーレストラン。確かに、話をするには都合が良さそうだ。




7: 名無しさん(仮) 2022/09/27(火)00:15:46

「グラスがいいなら、あそこで食べようか」

店内に入るといくつか学生のグループがいるのが見えるが、夜のこの時間にしては空いていた。やる気のなさそうな店員に席を案内されるとグラスが席に着く前にドリンクバーのコーナーから水を持ってきてくれた。

「トレーナーさんもお水でよろしかったでしょうか?」
「うん、ありがとう。ささ、好きな料理を注文していいよ」

注文を終えると、彼女が注いでくれた水を体に流し込みながら今日のことを振り返る。あの頃と同じような墓参り。だけど、今日、僕の隣にはグラスが居た。その意味を考えなくてはいけないような気がして。彼女としてもここに決めた理由は料理ではなくそちらだろう。ここでなら、少しくらい長話をしても咎められることはない。

「トレーナーさんは、お祖母様のことが本当にお好きだったんですね」
「どうしてそう思ったんだい?」
「お祖母様のお話をするときのトレーナーさんのお顔、とっても優しいお顔でしたので」

どうも、自分はなんでも顔に出てしまうのか、それとも彼女の洞察力が鋭いのか。おそらくその両方の理由から、彼女は僕のことをなんでも見透かしてしまうようだった。




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