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【ウマ娘怪文書】ミスターシービーの走りに夢を見て共に歩んだ日から3年が過ぎた。俺は若手トレーナーの指導という新しい道を歩んでいる。今、俺の隣に天衣無縫な彼女は居ない


1: noarchive 2023/02/26(日)23:32:18

桜の花びらが散り、若々しい青葉が芽吹き始めていた。
空は蒼く高く、どこまでも広がっていた。

「すみません、私の担当の子のトレーニングの事で助言を頂けないでしょうか?」
「あの追込の子かな?これを片付けたら向かうからちょっと待っててね」
「はい、いつもありがとうございます!」

ミスターシービーの走りに夢を見て共に歩んだ日から3年が過ぎた。
俺は若手トレーナーの指導という新しい道を歩んでいる。今、俺の隣に天衣無縫な彼女は居ない。
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2: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:32:34

『ちょっとさ、旅してきてもいい?』

日本各地のフリースタイルレースを見てみたくなった。とシービーはいつもの笑顔で俺に言った。

『シービーが楽しく走り続けられるなら俺は背中を押すよ。行ってらっしゃい。』

いつかそんな日が来る予感があった。俺の元から離れて自由に気の向くまま大地を弾んで駆ける時が来るのだろうと。
でもそれでいい。だって俺はそんな彼女が―― 彼女の走りが――好きだったから。




3: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:32:51

「漸進性の原則とはトレーニングの負荷は徐々に上げる事が望ましいというものだね、担当の子がもっと強い負荷でもいいと言ってきても急激に負荷を上げたりするのは――」

若手トレーナーへの指導をする中でシービーとの日々を思い出す事がある。
そもそも皆真面目で校則を破ることはほぼ無い。シービーへ接してきたやり方をうっかり口にしてしまい指導のギャップに驚かれる事もあった。

「そういえばトレーナーさんって新しく担当は持たれないんですか?」
「っ… ほら、シービーがいつ戻ってくるかも分からないし、それにこうやって教えてると俺自身の勉強にもなるから」

時たま訊かれる質問だった。俺は半分本心で半分繕ったこの答えをいつも返している。
彼女がそもそも戻ってくるのかも分からない。ルドルフ会長の計らいでシービーは形式上休学となっているが、長引けば退学扱いにせざるを得ないとも言っていた。
いつ戻ってきてもいいようにというのは本心だが、もう半分の本心は「シービーのトレーナー」で居続けたいという子供じみた理由だった。こんな理由は誰にも話せなかった。

盆東風が顔を撫でる。西の空の入道雲が大きくなっていった。





4: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:33:28

鉛色の空からツンと来る匂いと共に冷たい風と雨粒が顔に当たる。土砂降りになるかも、でもアタシは揺るがない。
「はぁぁあああ!!!」
最後の直線を駆けあがる。幾人の背中を追い越して先頭に躍り出る。楽しい。アタシは今ターフという自由の中にいる。

「ミスターシービー、8バ身差を付けての圧倒的勝利!!ここでは敵なしか!?そして2着は――」
実況の着順アナウンスが響く中、アタシは心地いい疲労の中で息を整えていた。

「いやー、参った参った。本当に速いねぇ」
2着の子が肩で息をしながらアタシの所へ駆け寄って来た。
「アンタ中央に居たことあるんでしょ?何したらそんなに速く走れるようになるんだい?」
「うーん、好き勝手に色々と?」
「えー何それー?」

アタシは今トレセン学園を離れてフリースタイルレース場を巡っている。
中央ほど整備されていない荒れたバ場、ギラギラした眼をしているウマ娘達、中央のレースとは一味も二味も違うけれどだからこそ楽しかった。




5: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:33:43

『ちょっとさ、旅してきてもいい?』

理由は「そうしたくなったから」としか言えなかった。
コースがあって、走りたいと思う面子が揃えば何処でもレースは出来る。格付なんてどうでもいい。
そういえばキミは言ったよね「アタシが走ると世界が広がる」って、だからかもしれない。
ほかにどんな世界があるんだろうって覗いてみたくなったのかもしれない。
けどそれって、キミの錘の影響を受けちゃったってことになるのかな?よくわからないや。

ポツポツと降っていた雨は勢いを増していた。急いで屋内に戻ろうとした時、心の端の方で何かが痛んだような気がした。




6: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:34:00

昨晩降り積もった新雪の上を歩く。街は電飾の装いで煌びやかだった。
街中で流れるクリスマスソングはまだ聞き飽きてなかった。

忙しさの中であの3年間は綺麗な思い出に代わっていくのだと思っていた。いや、そうなって欲しかった。
ふと蘇るシービーとの思い出は俺の心を痛めるだけだった。
分かっている。この痛みの正体が何であるのか。だからこそこの想いは潜めなければならなかった。

俺は「ミスターシービーのトレーナー」だ。彼女の自由を肯定し、彼女が自由に楽しく走り続けていてくれればそれでいい。何処に居ようとも。

「だからこれでいいんだよな…?」
俺は鈍色の空を見上げていた、雪は深々と降り白い息が空へ上っていった。




7: 名無しさん(仮) 2023/02/26(日)23:34:13

ここに来て初めてのクリスマスなのに、思い出すのはキミと居たあの街のクリスマスの光景で。
キミを思い出す度に襲ってくる心の痛みが何なのか分からない。理解しようとする事が怖い。理解できるのかが怖い。
欠けているかもしれないアタシが抱いてもいい感情なのか分からない。

アタシは「キミの担当ウマ娘」だ。アタシが自由に走る事でキミに夢を見せ続けられる。キミの世界を広げられる。キミがそばに居なくとも。

「だからこれでいいんだよね…?」
アタシは鈍色の空を見上げていた、雪は深々と降り白い息が空へ上っていった。




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